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1 お茶会を

……何も変わらない日常というのは、こんなにも淋しいモノなのだろうか。

 今日も家を出るとカラッと空気は澄んでいて、絶好のお茶会日和。


「アリス、今日は三つ先のマリー叔母様のところへ手紙を届けてはくれないか?」

「勿論、いいですわ、バリー叔父様。今日は良い天気だから、きっと叔母様も気分がよろしいでしょうね。」

「あぁ、そうだな。では、頼んだよ。」

「えぇ、行ってまいります。」


 アリスはいつも思う事があった。美しさを自ら主張する宝石達がギラギラとして目に悪いな、と。

 この通りには多くの宝石商が店を連ね、商売の片手間にジュエリー店を経営している。アリスにはこれが良いものだと喜ぶ女性達の気持ちが分からなかった。

「……ただの小綺麗な石ころみたいなものじゃない、こんなの。」

 道行く誰しもがショーウィンドウの中で日の光を受けて輝く宝石をチラッと見ては通り過ぎていくのが、益々アリスの気分を悪くした。

 アリスは急ぎ足で服を風にたなびかせてお使いを済ますべく、急ぎ足で目的地へと向かった。

 入口にある立派で真っ赤な薔薇たちが到着したばかりのアリスの様子を黙って伺っている。アリスは風で乱れてしまったワンピースを正し、手紙を籠から取り出して玄関ドアをノックした。

「あら、いらっしゃい、アリス。」

「こんにちは、マリ―叔母様。今日は良い天気ですわ。」

「えぇ、珍しいわよね。」

「そうね。それと、これを。バリー叔父様からです。」

「バリーから? わざわざありがとう、アリス。」

「いえ、私はこれから少し用事があるので、丁度よかったのです。お気になさらないでください。」

「……もしかして、いつものお茶会かい? なら、焼いたばかりのスコーンを持ってお行き。」

 マリー叔母様はアリスにそう言って、布に包んだスコーンを籠へ入れてくれた。


 アリスは叔母様の家から離れて、遥か先にある湖畔の様子がよく見える丘で腰を下ろす事にした。

「あら、不思議ね。今日は賑やかだわ。」

 珍しく晴れているからなのか丘の下で男性が二人何やら口論をしているようだった。彼らの容姿はアリスには見覚えがなく、まったく知らない人達だったのだ。

「おい、何を考えている!」

「何がだ?」

「おかしいだろうが、ここは……」

「まったく、ルイは心配症だな。大丈夫だよ、このくらいは!」

「はぁ、話にならないな! 何故……」

 アリスは二人の口論が終わるのを心底期待したものだが、そう上手くはいかず、遂に諦めて声をかけてみる事にした。

「あの、すみません……いったいどうなさったのでしょうか?」

 アリスはゆっくりと丘を下りながら二人に近づいてそう言ってみたのだが、二人は驚愕の色を浮かべてすぐに口を固く閉ざしてしまった。

 戸惑いを感じているのはこちらもそうなのに、どうすればいいのだろうとアリスは苦笑いを浮かべてしまう。

 すると、その表情の意味を感じ取ったのか、片方の長髪の男性が慌てて口を開いた。

「あぁ、すまない。その、人がいるとは思わなくてね……失礼した。特に大した口論じゃないんだよ、本当さ!」

「そうなのですね……?」

 返答に大きく頷いている男性は微笑み、片膝を地面につけてアリスと目線を合わせてくれたが、対照的にもう一人の短髪の男性は仁王立ちで眉を吊り上げてアリスを目下に睨みつけていた。

「あぁ、ルイスはぶっきらぼうでね、愛想がよくないんだ。許してやってくれ。そうだ、自己紹介がまだだったね、俺はキールだ。初めまして、可愛らしいレディ。」

「私はアリスです。初めまして、キールさん……とルイスさん。とにかく口論が大事じゃなくてよかったわ。じゃあ、お邪魔になるだろうしもう失礼致します。」

「おや、もう行ってしまうのかい?」

「えぇ、持ってきた紅茶が冷めてしまうから。」

 ルイスはじっと黙って二人の会話を聞いていたが、紅茶というワードに興味を示したのか「紅茶……?」と呟いていた。

「えぇ、紅茶です。一人でお茶会をしようと思って。」

「何故、一人でするんだい?」

「そうだ、そこが特におかしい。こんな、何もない場所で紅茶を飲むのも変だが……基本的にお茶会は誰かを招待するものだろう。」

 そう言われてしまったアリスは微笑み、ルイスからの指摘にどう答えるべきなのかと悩んでいたが、思い切って言葉を絞り出してみる事にした。

「そう、そうです。おかしい、けれど……これを毎日しているんです。それに、ちゃんと理由はあるんです。」

「どんな?」

「……とある方を待っているんです。」

「それは誰なんだい?」

「……分かりません。」

「は?」

「何も知らないんです。でも、約束したんです。必ずお茶会に来てくれるって。」

 それを聞いて二人は顔を見合わせてしまった。

 それもそのはず、彼らの目の前にいる少女は何も知らない相手との朧げな約束のみを信じて待ち続けて、一人でお茶会を開いていたのだ。

 しかも毎日と言ったのだ。

「そう、そうなんだな……その約束が果たされる事を祈ってるよ」

「ありがとうございます、キールさん。ルイスさんも。では、失礼します。」


 彼らに一礼をしたアリスは丘を上がり、再び元の場所へと戻って、布を地面にひいてから籠をその上に置いた。

「さて、早く頂いたスコーンを食べないといけないわ。叔母様から頂いた事が叔父様にバレてしまったら大変な事になるでしょうし。きっと、カンカンに顔を真っ赤にして怒るでしょうね?」

 持参したティーセットを慎重に取り出して、ポッドからカップへと紅茶を注ぐと華やかな薔薇の香りがアリスの周りを漂い始め、ふんわりと鼻をかすめた。

「……薔薇の花びらを入れて良かったわ。あれ……?」

 アリスがふと丘の下を眺めると、既にキールとルイスはいなくなっており、元から二人は存在していなかったかのように思うほどそこは静寂に包まれていた。

「不思議ね、もういないわ……折角だからお茶会にお誘いすれば良かったかしら?」

 誰もいないお茶会で、独り静かに遠くに見える湖畔を眺めながら、アリスはその後もゆったりとした時間に身を任せていた。

お読みいただきありがとうございました。

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