悪役令嬢はループ五回目です
一度目の人生は散々だった。ただ、婚約者のいる相手を籠絡しローズマリーを蔑ろにするようになったエドガーを政略結婚なのだから、と窘めただけで浮気相手への覚えのない罪を着せられ絞首刑にさらされた。
二度目の人生では死にたくなかったから大人しくしていたのに結局また彼女への仕打ちをでっちあげられ殺された。
三度目の人生ではもう全てが疲れてしまった為何もかも終わらせたくて自殺をした。
なのに何も終わってくれなくて、四度目の人生は彼女が現れる前に国外まで逃げてしまおうとした。けれども旅の途中の馬車が転倒してまた死んでしまった。
もう、多分自分はこの一年のうちのどこかで死んでしまう運命なのだろう。それをどんなに変えようと足掻いても、結局死ぬ運命にあり、そうしてまた甦ってしまうのならと、五度目の人生は開き直った。
「もう、こうなったら完璧な悪女でも演じて見せようかしら」
そうして彼女は新たに始まった舞台へ向けて、あるひとつの決心をする。
それは一度目の人生ででっちあげられた最悪の悪役令嬢になってやろうというものだった。
どうせ死ぬのなら、もうなんでもいいのだ。開き直って悪役として演じきって、それで五度目はフィナーレを迎えよう。
六度目も、そのまた次も繰り返す一年間を悪役として演じてしまえば殺される運命も受け入れられる気がするのだ。それだけの事を私はしてしまったのだと受け止められる気がするから。
そう決意したはずなのに、何故なのだろうか。
ローズマリーは自身をエスコートする相手を横目で見て内心で目を白黒させた。
この夜会では、婚約者がローズマリーをエスコートするのが四度目までの人生での経験上での事だった。それなのに何故か、今回エスコートしているのは、己の婚約者であったはずのエドガー・フォン・ルシアンナ第二王子殿下ではなく、この国の王太子レオンハルト・ノア・ルシアンナだったのである。
今までにない出来事に内心でローズマリーは混乱する。一体、どういうことなのだろうか。
しかしひとりで悩み続けても埒が明かないため、彼女はレオンハルトに小声で尋ねることにした。
「……あの、何故私のエスコートを殿下がなされているのですか?私のエスコートはエドガー様のはずでは……?」
その言葉にレオンハルトは甘く微笑んで首を傾げて見せた。
「何故義弟が君のエスコートをすると思ったんだい?君の婚約者は私だろう?」
「え」
その言葉を聞いて思わずローズマリーは体を硬直させる。今、この王子はなんと言ったのか。
聞き間違えたのだろうか。いいや、そんなはずは無い。何せはっきりとそう聞こえたのだから、聞き間違えたはずがないのだ。
彼は今、私の婚約者と言わなかっただろうか。
思わず声を上げたローズマリーにレオンハルトは僅かに眉を下げた。
「もしかしてローズマリーはエドガーのことが好きだったのか?」
「そんなまさか!」
レオンハルトの言葉に慌てて否定する。そんなことがあるはずがないのだ。あんな、何度も私を殺した人物のことなんか好きになれるはずもなく、むしろ嫌いだった。
だが、少しだけ不都合な部分があったのも事実だ。何故なら彼女はエドガーにこれからこの夜会で出会うこととなる少女の存在、エミリア・リリーベル伯爵令嬢を陥れる悪役令嬢にならなければならないのだから。
それなのに今彼の婚約者では無いのなら、一体どうやって私は彼女に意地悪をすれいいのだろう。
ローズマリーは途方に暮れた。
本当に、想定外の事態であったのだ。
しかし運命は意外と変わらなかったようである。何故ならエミリアは今度の人生、エドガーと同時にレオンハルトにもお近付きになろうとしたからだ。
これなら意地悪をする理由が付けられるとローズマリーは意気揚々と一度目の人生ででっちあげられた罪の数々を実行しようとした。
夜会で話しかけられても無視したり、ワインをドレスにわざとこぼしたり、トイレに閉じ込めたり、階段から突き落とす……のは少し勇気が出なかったので別の何かを考えつつ、そういった嫌がらせを彼女に行おうとしたのだ。
しかし、ここでもう一つ想定外のことが起きたのだ。
なんとレオンハルト、ローズマリー以外の女に見向きもしないのだ。
どれだけエミリアが話しかけても、誘惑しようとしても一切それらに乗ることなく、ただひたすらローズマリーだけを特別扱いするのだ。
なんで、どうして!?とローズマリーは困惑した。これじゃあ意地悪する理由なんて無くなっちゃうじゃない!
思わぬ伏兵にローズマリーは辟易とするが、当の本人はどこか楽しそうで、たまに真剣そうにしていた。
それもそのはず、実はレオンハルトも五回この世界をやり直していたのである。と言うよりも彼がこの一年をやり直させていたのだ。
何故なら彼はローズマリーを愛していたから。彼女が生きて幸せになれるよう何度も繰り返しては救おうとし、しかしあと一歩のところで届かない自分自身の不甲斐なさを呪った。そうして五度目のやり直しの時、いっそ自分の婚約者にすればいいのではないかと思いいたり、彼女を自分のそばにおいて守ろうとしていたのだった。
これは、そんな好きな女の子を守ろうとした王子様と諦めて悪役令嬢になろうとした公爵令嬢のすれ違いの物語。