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雨の日の手紙

作者:

その日は、一日中雨が降っていました。太陽が出る前に夜になってしまった日は、いまいち、どこか本当でないような、いつも通りでないような、そんな気がするものです。


街の灯りは、なんだか元気がないような、自分の気持ちが、そうだからかもしれませんが、不思議とほがらかな気分にはなれないような、そんな感じがします。


面倒くさいことが具体的に何かあるわけではないのに、ありとあらゆることが面倒くさく思えるような、それは、ずっと前にやり終えていたはずのことをもう一度繰り返さなければならなくなったような、でも、今の今まで全く手をつけていなかったかのような、そんな風なのです。


出掛けることも大変なので必然的に家にいることになるのですが、弱いような強いような雨が続くと、それが気になって何をしていても集中できません。だから寝てばっかりになって、一日中、パソコンの画面を眺めているばかりになって、これは休みの日の話なんですが、例えば、外に出なくてはいけない用事ができたときも、すれ違う人とか店員さんとか、そんな人たちが、なんだかイライラしているようにも思えるのです。


なんでこんなに雨の日のことばっかりちょっと好きじゃないみたいに書くのかというと、私は、雨の日は大抵、何か嫌なことがあるかのような気がしているのです。もちろん、全ての雨の日を覚えているわけではないのですが、雨の日でたまたまかもしれないけど嫌なことがあると、この嫌なことはそういえば前の雨の日にも同じことがあったような、そんな気がしてくるのです。


この日もそうでした。一日中雨ばかり降り続いていて、そこらじゅうを歩いている人たちが、みんなイライラしてるみたいでした。何をそんなに不満に思うことがあるのか、私にも分かりませんでした。ただ、みんなどこかに怒りをぶつけたがっているかのような、そんな日でした。


私は前を向いたままま、前を向いてないみたいな気分でした。下を向いたまま執拗に足元ばかり見続けていたくなるような、そんな気持ちでした。


道を歩いてくる人に対しても、まだ道を歩いていない人に対しても全員むかついていました。なぜか、許せないような気持ちだったのです。


その間、私は私でないようで、でも、どうしようもなく私であるような、そんな気分でした。抑えられない気持ちがあるかのような、そんなものはなくて、内側から何か湧き上がってくるものがあるかのように、それに反応するかのように、でも本当はあるかないかわからないようなものに、ただ反応しているだけという感覚があるのみだったのです。


昔から、そうだったのです。私は何かある度にそれに対して何らかのリアクションをするのですが、全てその場限りというか、明日になったらもう思い出せないのです。嫌なことも楽しいことも、ある時、急によみがえってきて私を苦しめたりもするのですが、それまでは大人しいもので、日向で丸まっている猫みたいに、眠っているのか起きているのか、生きているのか死んでいるのかもよく分からない有様なのです。だから私は自分が半透明のガラスの板みたいな、そんな気持ちでいることが多いです。何かしら受け取るべきものを、確からしきものを、それと知らずに通過させてしまっているかのような、でも何かしら考えていたことの痕跡のようなものは残っていて、時々それを思い出しては、生き別れた双子の片割れにあった時みたいなそんな気持ちがするものなのです。


長々とすみません。お手紙お待ちしています。あなたの話も私は聞いてみたいと思っているのです。


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本当は、私はずっと、お返事を書こうか、ずっと迷っていました。こんな変な手紙に返事を書く必要などないという気持ちとどこかしら返事を書きたくなるような気持ちにさせられているというところで葛藤があったのです。


結局は返事を書いてしまいました。まだ書き始めたところではあるのですけど、最後まで書いてしまうことになるだろうと、私は思ってしまっています。


最近の私は、あなたの仰る通り、イライラすることが多いのかもしれません。雨の日に限らずです。でも自分ではちゃんと平常心を保てているなと思うこともたくさんあります。でもそんなことを確かめている時点でやはりイライラしていることが多いということなのかもしれません。


だからあなたの手紙も少しイライラしながら読みました。これは正直な気持ちというところなのでしょうけれど、具体的にどこがというのではなく、全体的にあなたの話はイライラさせられるところが多いように感じました。


こういってあなたを傷付ける意図がないかといえば、それは嘘になります。書きながら私は段々と暴力的な気持ちに支配されてきています。あなたを殴りつけたいのです。あなたを怖がらせたいのです。そうして私は私のイライラする気持ちのもとを断ち切って、あなたのいう雨の日から抜け出したいのです。


誰だってそうだと思います。雨の日にずっとはいられません。いくら恵みの雨だ、なくてはならないものだといっても耐えられる限度があります。あなたを責めているつもりはないのです。ただ、ただ、私には、あなたが自分の話ばかりしているように思えて、それでいて私のことをどこか分かっているぞと言わんばかりに、捕まえようとしていて、手の内に収められようとしているのが不愉快で、気持ちが悪くて、ただそれだけなのです。


こんなことを書くつもりはなかった。だから、そもそも返事を書くのはやめにしようと思っていたのでした。でも書かざるを得なかった。あなたが嫌いです。ただそれだけの為に私はこれを書いた。返事はいりませんと書くとフェアじゃない気がするので、これで終わりにします。さよなら。



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お返事ありがとうございます。正直なところ、私はとても傷付きました、嫌いだと思われることも、あなたを嫌な気持ちにさせてしまっていたことも、自分では気付かずにいたことでした。あなたを責める意図がないことは分かっていただきたいのですが、最終的には返事はいらないと言われたのにこれを書いてしまっている時点であなたを苦しめることになるのかもしれません。でもこれを書かずにはいられなかった。


なぜなら私はあなたが好きだからです。


何よりもあなたが好きだと言えます。歯が浮くような台詞もいくらでも書きつけることができますが、どうしたって私は最初のお手紙であんな意味不明な自己満足に過ぎないような事柄ばかり書き連ねてしまったのでしょう。後悔しています。あなたが私を嫌いだと思う、そのきっかけになったのかもしれないという可能性だけで、私はあの手紙を燃やしてしまいたい。何故燃やしておかなかったのか。何故あなたに届いてしまったのか。後悔だらけです。


返事を書くつもりはありませんでした。


あなたが返事はいらないと書くつもりのようだったからです。


でも返事を書かずにはいられなかった。


あなたが私の手紙に返事を書いてくれたことが嬉し過ぎて、たとえそれが嫌いとだけ書かれた内容であったとしても、その嫌いの中には私の手紙があなたに届いてあなたがそれを受け取ったという事実が含まれている為に、何にもまして私はそれが嬉しいのです。


あなたが好きです。何にもまして。


もうこれ以上はやめにしておきます。あなたをまた不快にさせるといけないから。返事もいりません。私はもうあなたが好きという事実がこの世の中に存在していて、それが届く可能性があるということだけで、とても嬉しいのですから。



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返事を書くなというのは卑怯です。


あなたが、私にそれを求める権利は一切無いはずと思って下さい。私は、あなたの書いたことを無視して、あなたに返事を出すことができますし、その返事の中であなたがこれまで私に伝えたと思っていることに一切答える必要はないのです。あなたは勝手に自分の手紙が私に届いたと思い込んでいるようですが、私は宛名だけ見て中身なんか読まずにあなたが望んだようにそれを燃やしているのかもしれません。あるいは全く別の第三者が私の代わりに、私のフリをして、読み、書いて、送っているのかもしれません。なんだってあなたはそんな風に期待の中で生きていられるのか。私はそこが嫌いなのかもしれません。


私には望むようなことが何も無いのです。あなたは望みだらけのように見えます。無駄なものだらけのように見えます。あなたの望みを断ち切って、私が代わりにそれを身につけるということは到底あり得ないことのように思われます。あなたの望みはあなたの周りからだけ発生していて、あなたの元を離れれば、それは生気を失うでしょう。だから私はそれが嫌なのです。あなたが私に近づくほどにあなたの望みは断ち切られその輝きを失うでしょう。


あなたが私を信じようとする程に、私はあなたを裏切っていく。月と太陽が適切な距離を保ち続けているように、私たちもまた適切な距離を保ち続けなくてはなりません。


お手紙だけならいくらでもお待ちしています。さよなら



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しかし私は太陽を見てしまいました。


見続けてしまいました。そのせいで視力を失ってしまったようなのですが、まだ、太陽の光が感じられるようです。


それは熱が私のからだをあるべき方向に導いているから。月が出る時間が待ち遠しいです。その静けさの中でだけ、私は私を取り戻せるような、そんな感覚になります。


あなたは私になってしまいました。それは良くないことだと思います。でも、私の望みといえばあなただけなのです。雨の日にあなたを思うと雲の向こう側に太陽を見つけます。あなたが好きです。いつまでもお手紙を書きます。書き続けます。



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もう返事は書かないでください。嫌いです。


さよなら。




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