早朝の訪問者
全く眠ることが出来ない。当たり前だ。いつこの身が朽ち果てるのか、わからないというのにスヤスヤと寝ていられるものか。
「今、何時だろう…?」
ダメだ、怖くて時計を見ることも出来ない。だが噂によれば、奴らは朝にやって来るらしい。早朝、突然ドアがノックされ……いや、ノックなどあるものか! いきなりドアがこじ開けられ、大柄な男達が部屋になだれ込んできては、こう叫ぶのだ!
『チンコン・D! お前を逮捕する! お前は死刑だ‼』
「…………だけど……あの法律は本当なのだろうか? 三十才以上の独身を死刑にするって、いくら何でも人権侵害ではないか。そんなこと許されるものだろうか………」
いや許されるのだ!
ここ、ヘルニア王国では国民の人権はあってないようなもの! 全ての物事は偉大なるヘルニア王によって決定される!
「いやだよぉ……死にたくない……死にたくない…………童貞のまま死にたくない! そうだ、逃げよう!」
逃げる⁉ どうやって⁉
「海外旅行に行くふりをして、そのまま亡命しようか⁉」
バカなことを! 海外に行くには許可が必要だ! 誰が死刑囚に許可を出すものか!
「じゃ、じゃあ……どこかに隠れる?」
どこに⁉ この国では至る所で警察が目を光らせている! 身を潜められる場所などないぞ!
「じゃあ、どうすれば良いんだよぉ⁉」
素直に死ね‼
その時。……ガサゴソッ…ガサゴソッ……。
ガサゴソッ……ガサゴソッ………ガサゴソッ………。
ベッドから飛び起きる。外から物音⁉
嫌な汗が流れる。恐る恐る時計を見れば……既に朝の四時半!
ガサゴソッ…! ガサゴソッ……! ガサッ……ガガガガガガガガガガガガガガゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
何かのエンジン音⁉ きっと奴らだ! そうだ、すぐそこに! 今にドアを突き破って来るぞぉぉ‼
俺は半狂乱になりながらも、最後の悪あがきとベッドの下に隠してある猟銃を取り出す。
「撃つぞ! 撃つぞそおおおぉぉぉ! 来るなら撃つぞぞぞぞおおおおぉぉぉぉ‼」
そう叫びながら、玄関のドアに向けて発砲した!
すると鼓膜が破れるほどの凄まじい発砲音が響いたと思えば、直後これまた大きな金切り声が外から飛んでくる。
「叫び声が一つ⁉ 一人か⁉ 相手は一人⁉」
それなら殺せる!
俺は窓ガラスを突き破って外へと飛び出した。まだ日が出ていないためか、周囲はぼんやりと薄暗い。そんな中、暴走する巨大な影が⁉︎
「あれは……俺のトラクター⁉」
何者かがトラクターを運転して、作物の実る畑の上を容赦なく走っていた。
猟銃のスコープを覗いてみれば、その人物は、やたら耳が長い……そして髪も長い……金色の髪……まさか……お、お、おおお、女……?
「かまわん、死ねっ‼」
挨拶代わりに彼女へ向けて発砲する。
悲鳴が、また一つ響く。と同時にトラクターが横転し、女は運転席から地面へ放り出されてしまった。
「仕留めたか⁉」
しかし油断大敵。俺は猟銃を構えながら慎重に歩み寄る。
「…………………………エルフだ……」
どうやら警察ではなかったようだ。倒れているのは美しいエルフだった。
それから、どれくらい見惚れていたのか。ハッと我に返った頃には、遠くの山の方から朝日が顔を出し始めていた。そこから長く伸びる光芒がエルフの顔に差し込むと、彼女の神秘的な美しさが一層と際立って見えた、が……………今、眉が動いたか…?
「コイツ、まだ生きてやがる……」
エルフは眩しそうに顔を歪ませていた。
俺は一度深呼吸をしてから再度猟銃を構える。そしてスコープのレンズを通して見てみても、やはり美しいとしか表現出来ないエルフの顔に狙いを………定めて…………。
コンコン。
「は~い」
ドアを開けると男達が待ち構えていた。威圧感を醸し出す、全身が黒一色の制服を着たデブとガリの二人組だ。
「チンコン・Dか?」
デブの方が、ぶっきらぼうに尋ねた。
「どちら様でしょうか?」
「チンコン・Dかぁ‼」
俺の返答に彼は激怒し、突然、俺の胸ぐらを掴むと殴り掛かるかのような怒声を浴びさせた。
「貴様はチンコン・Dかと聞いている‼」
「………………ど、どちら様でしょうか……?」
この会話に何も意味はない。両者の質問の答えはわかりきっていることだからだ。彼らは特別警察の連中で、この俺を……三十才独身チンコン・ディックを逮捕しにやって来たのだ。
「アンディー!」
すると彼は隣にいるガリの相棒に向かって叫んだ。
「アンディー! コイツが逃げないよう見張っていろ!」
そう言って、俺を脇へと押し退けるとズカズカと家に入り込み一直線に寝室へと向かう。
「ちょ、ちょっと何なんですか⁉」
慌てて後を追う。
不味い! 今、あの部屋を見られたら非常に不味い! 何とかして止めねば……そうだ! いっそのこと、袖の下に隠し持っている拳銃で奴の後頭部をぶち抜いてやろうか⁉
「アンディー⁉︎」
だがそうする暇もなく、既にデブはベッドのそばで目を強く見開かせていた。大量の植木鉢が置かれている寝室には、あのエルフがベッドの上で寝ている。
「アンディー! やっぱりだ、睨んだ通りだ! 見ろ、これを‼」
デブは部屋の至る所に栽培されている大麻の葉を手に取り、ガリの相棒に見せつけた。
「チンコン・D! お前を大麻取締法違反(脚注2)で逮捕する‼」
しまった‼︎
「お前に黙秘権はない! お前の全ての供述は法廷で不利な証拠として用いられる! お前に弁護士など不要だ‼ チンコン・D! ヘルニア国民身分証明書を出せ‼」
俺が震える手でヘルニア国民身分証明書を渡すと、デブはそれをガリの相棒に投げ付けた。
「大麻の製造、所持は三十五点の減点だ! お前は累犯だから更に十点の減点! ふっ、運が良いな、チンコン・D! 死刑は免れたぞ! だが終身刑だ!」
「クィンティー…。コイツ、三十才独身ですぜ…」
「アンディー!」
ここにきて初めて口を開いたガリの相棒をデブは呆れた様子で怒鳴りつける。
「だからどうしたって言うんだ! 今時、三十超えの独身など珍しくないだろう! 俺だってそうだ!」
「クィンティー…。アンタ、独身だったんですか…?」
「当たり前だ! 結婚は人生の墓場! 俺はまだ死にたくないからな! ガハハッ!」
「…………………」
「ああああっーん‼︎ アンディーさん! そいつは死刑ですよ! 死刑‼︎ 逮捕しなくて良いんですかぁ⁉︎」
「誰がしゃべって良いと言ったぁ!」
次の瞬間、俺はデブから鉄拳を食らってしまう。
「アンディー! コイツに手錠を掛けろ!」
「………わかりました…」
すると、アンディーは指示通り俺に手錠を掛ける、が⁉
「アンディー⁉︎」
「クィンティー…。アンタも三十路独身禁止法違反で逮捕する…」
彼はデブの両腕にも手錠をはめた。
「三十路独身禁止法⁉︎ アンディー! な、何だそれは⁉︎」
「えええええええええええええぇぇ〜⁉︎ クィンティーさん、知らないんですかぁぁぁぁ〜? 警察のくせに〜〜wwwwwwwww」
ブンッ! またもや、だが今度はガリから鉄拳を食らう。
「チンコン・D…。アンタも三十路独身禁止法違反だ…」
「ち・が・い・ま・す〜www 僕には妻がいますから〜www 独身じゃないですぅぅ~! ほらそこに寝ているでしょう〜?」
俺は顎先でベッドの上のエルフを指す。
「あ、すみませんw 僕達〜結婚したばかりで〜まだ婚姻届を役場に提出していないっすよ〜wwwww だから俺〜ww 書類上は独身ってことになってるんすよね〜www」
「……そうか…」
うはっ、この警官チョロすぎwww
「アンディー‼︎ さっきから何の話しをしているんだ⁉︎」
デブは手錠をガチャガチャと鳴らしながら喚く。
「悪ふざけにも程があるぞ! さっさとこれを外せ!」
「そりゃあ~無理っすね~www クィンティーさんw だって、あなた死刑囚の身ですよ~?」
「死刑囚⁉ 何故、俺が!」
「マジでぇぇぇ~知らないんすかぁぁ~⁉ え、えっ? 昨夜のラジオ聴いてないの? ぷっw」
「さっきから何だ‼ 貴様!」
「ぐふふふ~三十才以上の独身は死刑になるんですよ~(ニチャア…)」
「ば、馬鹿なこと! そんなの基本的人権の侵害じゃないか⁉」
「基・本・的・人・権wwwwww ワラwww オモローですね、それ!」
クソ…! だが迂闊だったぜ………。
サツの連中め………ちゃんとドアをノックしてきやがった‼
ちぃ! せっかく、あのエルフ女を利用して独身禁止法違反を免れたのに! まさか大麻取締法で捕まるとは!
ファック! ダンボール六十個分の乾燥大麻をトラックに積み込んでいた最中だったのに! 時間が足りなかった‼ 彼女をベッドまで運ぶのに色々と問題が起きてしまって‼
遡ること二時間前。
「ダメだ、出来ない!」
俺は構えていた猟銃を力なく地面に落とした。
「いくら俺でも人殺しは出来ない。ましてや…こんな美人を撃つなんて………」
「…………うん」
「え?」
今、女の声がした…? と、気付けば冷たい銃口が俺の額に突き付けられている。
「………ごめんなさい」
いつの間にか起き上がっていたエルフ。彼女は俺の落した猟銃を拾い上げ、こちらに狙いを定めていた。
「私、銃を撃ったことがなくて……もしかしたら一撃では仕留めきれないかもしれない………だからごめんなさい。苦しんで死んでください」
「…………………仕留めてますよ」
「はい?」
「アナタは既に僕のハートを一撃で仕留めてますよ」
「なっ⁉」
エルフの頬が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「Your name?」
「エッ⁉ ア……アイ、ネーム…………」
「Oh……noノー…緊張しないで。ほら、乙女が、こんな物騒なもの持っていたらダメだよ……」
「お、乙女⁉」
猟銃が握られている彼女の手をゆっくりと解きほぐす。
「ふっ…(暗黒微笑)。君は顔だけじゃなく、手もすごく綺麗なんだね」
「きゃ⁉」
俺は猟銃を取り戻すと、彼女の手に優しくキスした。
「うん、甘い味がする」
(何……この人…………すごく気持ち悪い………………)
「さっきまで顔が真っ赤だったのに、今は真っ青だ。ハハっ、おもしれー女……正直、興奮する」
「変態⁉︎ だ、誰か! 助け……」
「喚くなや、ゴラァ‼︎」
逃げようとするエルフの後頭部に猟銃をフルスイング!
「ウゴォ⁉︎」
野太い悲鳴が野原に響く。
「お前、俺が童貞だからってバカにしてんのか?」
「た、たす……けて………」
「大丈夫?」
「わたしに触らないで!」
「だったら、助けてなんて言うんじゃねぇぇ‼︎」
「ひぃ⁉ ご、ご、ごめんなさい…!」
「良いんだよ」
俺はエルフを包み込むように抱きしめた。
「ひぃぃぃぃいいいぃぃいい⁉︎」
「俺は君の敵じゃないから、怖がらなくて良いんだよ……」
そして彼女の頭をポンポン、ナデナデ。
「さっきは傷つけてゴメンね」
「…………………………………………………」
「ふっ…心臓がドキドキって鳴ってるよ。もしかして俺に惚れちゃった?w」
チンコン・ディックはDV男がモテると思い込んでいた。
「あ、そうだw ウチに来ない? 草でもキメて楽しくパーティーしようよ!」
「……………………………………」
「ん? どうしてのさっきから黙ってw」
「…………………」
「エルフちゃん?」
俺はその時になって、ようやく彼女の後頭部から血がダラダラと流れていることに気付く。
「……………………ヤッテしまった……」
彼女は既に息がなく、冷たくなっていた……。
(脚注2)大麻取締法……社会を舐め腐っているパリピZな若者達が、大麻は安全という誤った情報を鵜呑みにして考えもなしに手を出す事態が多発し社会問題となっている。そこで政府は若者の薬物汚染を浄化するため、減点方式の取締を開始した。