第二話:祭事──scene5『祭へ』
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龍に関する祭は、大きく三つに分かれる。
一つは御龍祭。
龍信家系と縁者のみで執り行われる龍を讃える突発的な祭。
龍香の舞を始め、様々な舞踊を以って龍と龍信家系のこれまでの安寧を喜び、これからの安泰を祈る事を目的としている。
二つ目は龍奏祭。
龍信家系のみならず、一般家系、無縁者など分け隔てなく参加出来る祭。楽器を鳴らし、龍の気を引いて交流を図ろうとした事が始まり。
現在では、龍の気を引くどころか単なるドンチャン騒ぎになっていて、龍信家系でもよほどノリの良い者でなければ参加しない年一の『お楽しい』行事へと進化した(皮肉)。
三つ目は龍恩祭。
龍信家系が出来る以前から続く最古の祭。
通常、御龍祭、龍奏祭を前座として行われる祭だが、本当に特別な事が起きた際にだけ、お偉方達の協議にて開催の有無を問う決まりとされている。
龍に恩を返す祭とあるように、昔の人は贄を用いて龍の御力を貸り、人智の及ばぬ超常現象や自然災害に『何度も』対抗しようとしたのだと……。
自分たちを……若しくは大切な人、物、場所を守るために強い力に縋ろうとする気持ちを蔑む筈もない。純粋に龍を欲し、我武者羅に祈りを捧げた当時の人間こそ、善邪一体の龍信そのものであると私は思う。
……ただ、贄の風習を現在にまで残すのは、正直頂けないなと思うわけでな。
「──兄様。龍香の舞はいつ以来?」
「……多分、初演舞以来だから……七歳の頃か」
使徒教会マルドク支部の外廊に沿って隣接する解放香堂『外外園』にて。
寮舎を出て二日経つ。使途教会に来てからは、不気味な事にあの人とは会っていない。紫樹と黄樹は人目のつかない奥間にいるらしく、そちらとも会っていない。
代わりに、顔を合わせないのはトイレに入った時だけとかいう、ストーカー猫と化した妹が常に傍にいた。
夕暮れ時に手を繋いで帰ってから、ずっとこんな距離感だ。
これが噂のプライベート蹂躙症候群だろうか。怖いね。
「憶えてるもんなのソレ? あ、この帯の締め方って、どうやるんでしたっけ」
「これはねぇ……こうして二回折って、ここからくるっと裏返したら……」
樹香灰を炉箱に詰めていたハクロさんが舞衣装の着付けに苦戦し出したティヴに加勢した。
来る祭事──十二日後の龍恩祭を前祝いする龍奏祭の開催。そして『宴』の始まりを報せる御龍祭がマルドク公国内で貴族立ち合いの下、今宵開かれる。
二人の少女、双龍への審判が下るのだと再認識させられる宴だ。
その開扉──二時間後の御龍祭に於ける龍香の舞が、私に信託された。
宴の出に贄を踊らせるとは、酔狂な権力者の嫌がらせか? とはいえ、龍信教徒達は何も知らされていないのか、龍信家系の長男が舞うと聞くや、それはもう花を咲かせるように笑顔になってくれていた。
そう来られると、下手に断れないアガルタさんなのでしたと。
そんなわけで、今こうして、舞衣装の着付けと用意をティヴやハクロさん、他数人の教徒に手伝ってもらっている。
時刻は、そろそろ黄昏時か。
(……八層隊の任務は、まだ続いているのかな)
あの大きな御龍が堕ちていれば長期戦。堕ちていなくとも監視は長期線。
急にブレイドが遊びに来ても、洗剤どころか煎った茶を出せるくらいの用意は出来そうだ。なんなら菓子も添えるか。
……しかし、一つ気がかりな事があった。
昨日ブレイドの監視鳥が、指令区に向かって飛んでいるのを見たんだ。
その時は、アイツ何かやらかしたのかとか考えたが……『放たれた』と見れば、堕心龍と交戦し、挙句喰われた可能性も微粒子レベルで存在しうる。
単に伝達として司令部に飛ばせた線もあるが、長期休暇中の私には急報など来ない。知りたければ足を運べ。出来なければ休暇明けに報告書でも漁れだ。
ブレイド以外に、それを伝えてくれるような友人を作れなかった私の不徳の致す所である。
「──こんな感じですか? まだ何か着せる?」
「衣装は完成よ。あとは、振り香炉と……龍冠の止めと、お化粧の本塗ね」
ティヴは教徒が羽織る祭衣を着ているが、その下は旅服だ。
なんでも、異国に渡る前に私の舞を近くで観覧しておきたいらしい。舞が終われば夜だろうがなんだろうが、推しの新刊の発売時間に間に合わせる為に、即出立するのだと。平和かよ。
妹はこんな兄とは違い、他国にもたくさん友人がいそうだ。
見習えるものなら見習いたいな。
「……兄様、目が死んでるけど。やっぱり舞を憶えてないとか?」
「いや大丈夫。たまにブレイドが雑に真似るから、ちゃんとしたモノを見せる為に舞ってやる事があるんだ」
「つまり教えてるってコト? ……祭で舞わせたいの?」
「ははっ。考えた事なかった。うん、舞を二人にしてもいいかもな」
「そんな貴族みたいに軽く言っちゃってぇ」
ティヴはブレイドが龍信家系の隷従の子だと知っている。
私が知るソレに対する態度を取る瞬間がある事を思うに、私が本気で思い描いた二人の舞を否定しそうだ。そう感じ取り、私は「そりゃあ、冗談だからな……」と、この会話を終わらせた。
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