第二話:祭事──scene3『不運』
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御龍追尾の任務は異常なし。
特に何事も無く時間が過ぎ、送装車の燃料事情で俺達の班は交代の班を迎え次第帰還する事となった。
龍への接近?
んなもん出来ますかってな。
進展無しだ。今日出来なければ次はいつになるのやら。
龍は遠ざかる。
ここに話したい系男子がいるのも知らずに、高く高く、天高く昇っていく。大きかった姿はちっぽけに。仕事を投げ捨てて駆けて行けない俺もちっぽけだ。
呆けながら眺める空が綺麗だ。
あの澄んだ空気の中を巨体で飛べたのなら、どれだけ気持ちいいのだろう。
そう思っていた時だ。
一瞬、空の色が濃くなった気がした。
「……?」
目の錯覚。
色は、既に元に戻っている。
「……?」
気のせいか。
きっとそうだろう。
なんてことない。
呆けすぎて気疲れでも起こしたのだろう。
と、雑念を片付けようとした──その時。
「──あ? ……ぁ、あ゛っ?」
胸が──ドクンと跳ねた。
「はぁ゛?? い゛やいや待てまて゛ッ!」
心臓が盛り上げってくる感覚に、強烈な痛みが伴う。
咄嗟に屈み込み、胸を押さえる。それと同時に、内腑から大量の黒い血が体外へ噴き出すイメージを見た。
顔から脂汗が噴く。
視界に映る全ての色が濃い。
否、濃い青で覆われていると言った方が良い。
「なんだこれ……っ、なんだよコレは!?」
とにかく車内へ。
医療器具、鎮静剤くらいは常備していたはずだ。
俺は流れ出る涎もそのままに、車の後部扉に手を掛けようとした。
「──どうかしたか、ウラア八層尉」
だが俺の異変に気付いたのか、先に上層官が扉を開けて様子を窺ってきた。
遮蔽物もあって見えにくかったろうに、勘の鋭さは伊達に公属に腰を据えていないだけはある。
上層官は膝を折り、俺の頭を上げさせると、ジッと目を覗き込んできた。
「……そうか。今回はもった方なのか」
「ぁ?」
意味不明な呟きをするじゃないか。
公属の中で特徴的な病が流行っているなんて話は聞いたことが無い。だから、その台詞が意図するものがなんであるか、今の俺では考えが追い付かない。
上層官は送車を止めさせると、徐に俺の肩に手を置く。
「はあ。……ウラア八層尉。……──残念だ」
「……え」
憐れむ目。割り切った眼。心を消すように無の表情となった上層官の手に力が込められ──
「あ」
俺の体が、ふっ……と宙に浮く、
「ぁ゛っが?!」
地面に落とされた。
これが体調を崩した人間にする事か。
俺は全身の痛みを怒りの感情で抑え込もうとするも、それで手足を自由に動かせるかは別問題らしい。まるで、体の内側に、何かが満ち満ちている感覚。──水? ──金属? 正体不明の力が、筋肉にへばりついているかのようだ。
「うそ、だろっ?」
「それはこっちの台詞だ」
上層官は俺の傍に立ち、龍剣を抜いた。
「ブレイド・ウラア八層尉。堕ちた龍の芯を射られるキミは、確かに勇者と呼ばれるに相応しい腕を持つ男なのだろう。しかしだ」
こびへつらっていた奴は、車の中から怯えたような目でこちらを見、興味ないね野郎は尚も興味をもっていない。
どちらも上層官を止めようとは……俺に手を貸そうとは思っていないらしい。
「例え勇者であろうがなかろうが、堕心龍の呪いを受けた者は即刻首を落とし、呪われた心臓を御龍様に献上せねばならん。それが五層隊の仕事でな。……頼むから、誰も呪わんでほしい」
「……はぁ?」
反龍派も見限る五層隊の仕事……?
そんな話は、聞いたことが──!
上層官が掲げた龍剣に、陽が映る。
リジルを──!
俺の愛剣、リジルで防がねば──!
「呪いを受けるかどうかは堕心龍次第。人にとっては運だがな。……我々の今日の運勢は最悪だっただけの話か」
陽光が走る。
体が──間に合わない。
アガルタ。
あがるた。
母さん──
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