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第二話:祭事──scene1『ブレイド・ウラア』

──────




 紫黄を説こう。



 生命の血脈に龍の種が誕生して以降──およそ四千年に渡る龍と人の交史に、『龍達による戦乱の世』とされる時代があった。



 龍は等しく猛り狂えと。

 龍は激しく生を貪り喰らえと。

 そう嗾けられているかのように、見境も無くあらゆる生命を食い破る彼らの姿はただただ恐ろしく、虚しく……哀しいモノであったと云う。



 『始龍、樹十(じゅと)の呪い』が、彼らを変えた。



 龍が生来の柔和性を犯され、その時代の災厄を象徴させた怨嗟を、後の世の子らはそう伝え続けた。



 始龍なる者が、何故に世を荒立てたのかは誰も知らない。何が真実なのか、何を歴史たらしめるのかなど、今の世の者が知る事は無いのだろう。



 しかし、ひとつだけ『真実だ』と謳われるモノがある。



 無辜の龍を餓鬼の如くに変貌させた件の呪いだが、全ての龍を──とまでは、侵食し切れてはいなかった事実。



 俺達ヒトは、これを希少な一例から拡大した事象として語る内、晩秋の果てに【 双龍の物語 】と口を揃えるようになった。





◆────────────────◆




  【 龍撃のマルドク公国 】


 【 公属龍撃師団八層隊寮棟 】




◆────────────────◆






「──長期休暇を取るだぁあああ!?!?」


「……ああ」



 御龍葬の全日程が終了してから二日後の事だ。

 俺は新たに下った任務を纏めた書類を手に、アガルタの部屋へ訪問した。


 今回の任務は龍を追う持久戦だ。

 その事で、幼なじみであるアガルタと念入りに必要物資等、戦闘時に関する打ち合わせをしておこうと思ったからだ。


 ところが、その当人は俺が考えていた準備とは異なる身支度をしていた。……それは何かと聞いた途端、俺は頭に居座る監視鳥も翼を広げる大声を出してしまった。


「待て待てアガルタ! なんでこんな時にっ? お前だって見たろ、御龍葬の時に現れた龍をよ!」


「あー……。そうだな」


 アガルタはいつも通りというか……何を分かりきった事を喚いてるんだコイツは、みたいな素っ気無い態度で服を折り畳む。

 そんな奴を前にして、俺は尚も喚く。

 

「あの龍が堕ちないとも限らないって、反龍派も騒いでんだ。公属も中程度の警戒を発令してんだぜ? それなのに、お前、そうだなって……」


 実際、大衆が目撃した龍は、その後もマルドク公国領の上空を飛んでいるとの報告がされている。あの龍の目的は知らないが、公属の俺達に休む暇なんか与えてはくれないだろう。


「もし俺の目の前で戦闘にまで発展したらどうする? 俺の背中を任せられる奴がいねぇじゃん!」

「それは……すまない。こっちも決まってしまった事なんだ」



 ──……決まってしまった?

 アガルタのその物言いに、俺は御龍葬に行く前の事を思い出す。



「……やっぱ、母親からの呼び出しで、なんかあったのか?」


 アガルタは畳み終わった服を大きな鞄に詰め込み、立ち上がる。


「まぁ……龍奏祭で代えの効かない役どころを任されたんだ。だから、龍撃の任に就いて大怪我でもされたら大変だってな。半ば強制的に活動停止を促されたよ」


 なんだそりゃ……と呟く俺の背中を押しながら、アガルタは鞄を肩に掛けつつ寝坊助の監視鳥を促した。


「しばらくは使徒教会にいる。気が向いたら遊びに来い。ちゃんとアポを取った後でな」

「おいおいもっと喋ろうぜ喋ろうぜ! 龍信教会はなんか企んでんのか!?」

「滅多なコトを言うな。早く部屋から出ろ。鍵かけるから……」



 ────



 なんなんだよ。


「……それ、腹を括った後のお前じゃんか」


 アガルタは俺に月並みのエールを送り、なんら緊張感も無い様子で去って行った。

 何度も見てきた幼馴染みの去り姿だ。すぐに遊びに行くからなと言う俺に対し、すぐに来られても洗剤しか出す物ないぞと巫山戯返す素振りすらないあの様子からして、絶対何かあったと俺は見る。


 言い出しにくい……もしくは、他人に知られてはいけない事情を抱えたと考えるのが妥当。

 ……今更、水臭いとは言わねえ。

 そうする事で、アガルタにとって成功率が高くなるなら、俺は傍観者に徹するべきなのだろう。


「──クソったれ」


 けれど、わかるかアガルタ。

 『俺とアガルタは対等では無い。』

 そんな姿を見せられる度に俺は、そう思わされるんだぞ?


「……所詮は半端な龍信狂いの出。お前らみたいな本物の龍信家系とじゃあ、知れるモノが違うって事なんだよなァ」


 流石に唾棄はせん。

 ここは寮棟の合間で、それなりに人通りもあり、俺のを含む監視鳥達が目を光らせている場所であるのだから、不潔極まる行為に走りはしないさ。が──俺は背負う荷から愛剣リジルを引き抜く。


「フーーー……ッ」


 静かに息を吐き──……舞う。

 踊る主に合わせ、リジルは龍鱗を思わせる白亜の姿が陽光で煌めき、埋め込まれた紫と黄の才色石が光の尾を引く。

 剣身を取り付けていない柄のままの相棒だ。公共の場を荒らすかはさて置いて、ただゆっくりと振り回すだけなら文句はあるまい。


(俺みたいな中等層が知れるのは教科書に載るような凡語りのみか? それはアガルタでも知ってて当然のものだろ!)


 例えば、人の暮らしを発展させた革命品の一つ『光水』。

 その水は、人々に光源を与えただけでは止まらん。危険物として取り扱われていた時代から、小売店に並ぶ玩具の装飾機器に使われる今の時代に渡り、光水は我々の生活に溶け込み支えてきた。その事はこうして見渡すだけでも嫌でも分かろう。


 架空の剣先で光水技術が使用されている施設、外灯、街路、果ては歩行者の装飾品に向けて円を描いていると……嫌悪感で頭が冷えた。


 光水を製造する企業への投資とか、各国が掲げる技術士への待遇の差についての未来的な論議を語ろうが、アイツと対等な立場になれるわけじゃ無い。龍についてもそう。龍信家系のアガルタ様が知る必要も無い中途半端で片々的な御龍崇拝の話をした所で、本物を前にしてエセ語りをするのは滑稽……。

 笑い話には持って来いだが、そんなものをどんなに駄弁ろうと、俺の気は晴れん。


「──ほ……ヌンっ」

 遠くの人目も気に留めず、落葉の如くハラハラと、且つオンと雄々しく地を鳴らす。鈍く乾いた鼓の音は寮間を跳ね上がる。



「──奴と対等になるには……!」



 心で描くリジルの刃が敷き石を潜る……やがて意識から消える。


 舞いを止め、数瞬俯いていた俺は……やがて思い立つと同時に空を見上げ──睨み付けた。



「龍信家系外の人間による龍との対話を実現させる。これ以外に無いか……!」



 人と龍の歴史に於いて、始事でのみ存在したとされる事象の一つ。それが、龍と関わりの無い人間と堕心龍外──つまりは真たる龍との意思の疎通。

 史書や絵本でしか載らんその一幕を、俺が実現させる。


 そうして、『勇者』などと言うありふれた脆称の上で惚けるのを断ち、俺が本当に居座りたい場所へ行く。


 辿り着くはアガルタと対等の地位──!

 龍信家系と双肩する本物の男とならば──!


 消えた意識の刃を蘇らせ、今一度天へ振りかざした。奮い立つ俺の心と同調する煌びやかな剣身は、皆には見えずとも俺の眼にはハッキリと映る。

 白の雲にも負けん程に煌めく純白の刃。

 青の空を突き抜け、星々の合間を貫かんとする刃。

 ──決して劣等家系などとは言わせん。

 この確固たる想いを込めた御剣心(みつるぎごころ)が、どうか天を統べる龍の眼に映るよう。


 果ては、その御心を貫き振るわさん事を、切に願う。




 ──……なんてな。

 俺は一つ恥ずかしげに笑むと、リジルの柄を鞘へと戻し……柄を握る手に力を込めた。




──────

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