【短編】「姉のスペア」と呼ばれた身代わり人生は、今日でやめることにします
「モカ・クラスニキ。君との婚約は破棄させてもらう」
十七歳の誕生日を迎えるその日。
私たちの誕生日パーティーが開かれていた王宮内の大広間で、この国の第二王子であるヴィラデッヘ様が言った。
「……婚約破棄? どうしてですか?」
「君は自分が「どうせスペアだから」と言い、聖女の仕事をまったくしていないらしいな」
「え?」
「カリーナに聞いているぞ! 聖女の仕事をすべて彼女に押し付けているくせに、手柄だけは横取りしていると!」
「え?」
わなわなと怒りに震え、次第に口調がきつくなっていくヴィラデッヘ様。
その後ろには、私の双子の姉、カリーナがいる。
「お言葉ですが、私は日々仕事をまっとうしているつもりですが……。お姉様、何かの間違いでは?」
「うるさい! そうやって優しいカリーナを脅していたのだろうが、僕はすべてを知っているぞ!!」
「……」
ヴィラデッヘ様の影に隠れて怯えた素振りを見せるお姉様に、私の頭の中は混乱するばかり。
仕事をさぼっているのは、むしろお姉様のほうなのに。
私たち双子は、生まれつき魔力量が多かった。
とても稀少な力である治癒魔法が使えたため、物心がついたときには〝聖女〟として登城し、回復薬作りや魔物との戦いで怪我をした騎士たちの治療を行い、国に貢献してきた。
回復薬はいくらあっても足りないし、二人だけで聖女の仕事をこなすのはとても大変だったけど、数年前のある日から、お姉様が徐々に仕事量を減らしていった。
『今日は疲れちゃった。あとはやっといてくれる?』
そう言って、お姉様はどこかへ行ってしまう。
一日のノルマを達成できていないから、私は寝ないで回復薬を作る日々が続いた。
だというのに、どうして私がお姉様に仕事を押し付けたことになっているの?
「しかも、僕という婚約者がいながら、王太子であるレナード兄様に色目を使っていたらしいな! 兄上には心に決めた人がいるというのに!」
「そんなことをした記憶はありませんが……」
忙しくて、誰かに色目を使う暇なんてないのですが。
というか、レナード殿下を狙っていたのもお姉様だったような……。
お姉様はレナード殿下の婚約者の座を狙っていたから、私が第二王子のヴィラデッヘ様と婚約したんじゃなかった?
結局レナード殿下は、真実の愛を貫いて幼馴染のご令嬢と婚約してしまったけど。
「とにかく、カリーナの邪魔ばかりするおまえは用済みだ! もともとカリーナのスペアでしかないのだからな!」
「……」
通常、聖女は同時に二人誕生することはないとされている。
けれど私たち双子は、同時に治癒魔法が使えた。
それで、過去に例はないけれど、私たちは二人とも聖女と認定された。
「でも、モカにはとっても素敵な結婚相手を見つけたのよ」
「え?」
「そうだ。おまえは辺境騎士団団長の、アレクシス・ヴェリキー辺境伯に嫁がせることが決まった」
「……辺境騎士団の、団長様?」
ヴィラデッヘ様の後ろで、お姉様が私とよく似たピンクブロンドの髪を揺らしながらにっこりと口角を上げた。
「先方には既に話がついている。おまえにはお似合いの相手だろう? あの、呪われた騎士団の団長なんて」
鼻で笑いながらそう言ったヴィラデッヘ様に、お姉様も「そうよね」と言いながらクスクスと笑っている。
辺境騎士団――別名、呪われた騎士団。
かつては〝最強の騎士団〟として名を馳せ、魔物からこの国を守っていた優秀な騎士たちの集まりだった。
けれど、あるときからその力が衰え、優秀だった幹部の者が逃げだして以来、今ではすっかり衰退してしまったらしい。
逃げ出した者たちの消息もわかっていないため、
〝団長のせいだ。団長が鬼畜すぎて逃げ出したんだ〟
〝いいや、魔物に食われて死んだんだ。団長はそれを隠している〟
〝呪いをかけられて消えてしまったのかもしれないぞ。とにかく、団長は調査もせず黙っているんだ!〟
など、あらぬ噂が立っている。
おかげで、若くして辺境伯を継いだアレクシス団長に嫁ごうというご令嬢は、誰もいない。
「それは構いませんが、ヴェリキーの地に行った後、私の仕事はどうすれば?」
「だから、おまえがいなくても王都にはカリーナがいるから大丈夫だ! 元々おまえはろくに働いていないんだからな!」
「では、私はもう働かなくていいのですか?」
「そうだ! ヴェリキーで好きにしたらいい! まぁ、好きにできたらの話だがな」
それはまぁ……なんという素晴らしいお話かしら。
でも。
「お姉様、本当に私がいなくなっても大丈夫ですか?」
「しつこいわね! 大丈夫よ、あなたが働いていた分なんて、私一人で余裕なんだから!」
「わかりました」
お姉様がそう言うのなら、いいでしょう。
「ヴィラデッヘ様、お姉様」
「な、なんだよ」
「なによ……」
「今までお世話になりました」
背筋を伸ばして二人を見据えると、私は深々と頭を下げた。
*
「……っっっやったわ! やっと解放される……!!」
翌日、私は辺境の地、ヴェリキーに向かう馬車に揺られていた。
我が家であるクラスニキ子爵家は、元々裕福ではなかった。
けれど私たちが聖女として認定されたおかげで国からたくさんの支援を受け、今ではとても裕福な家になった。
でも、父も母もそんな私たちのことは金づるとしてしか思っていないのか、王宮で働いている私たちに会いに来てくれたのはこの十数年で数える程度。
もう三年は、顔も見ていない。
とにかく働き詰めで、私は華やかな社交の場には、〝聖女の誕生日〟である年に一度しか参加できなかったし、同年代の子と遊ぶ時間もなかった。
ヴェリキーは王都のように華やかな場所ではないだろうけれど、遊ぶ暇がなかった私には関係のないこと。
アレクシス様がどんな方なのかは知らないけれど、ヴィラデッヘ様もなかなか癖のある婚約者だったから、はっきり言って結婚相手はどっちでもいい。
「とにかく、新しい生活に乾杯!」
出立前にお城の従者にいただいたブドウジュースを高く掲げて、私は一人うきうきしながらヴェリキーに向かった。
そうして、数週間後。
ようやく私は、ヴェリキーにある騎士団の建物に到着した。
高い塀に囲まれた大きな建物の入り口には、たくましい騎士が二人立っていた。
どうやら事情を知っているようで、名前を告げると一人が私を中へと案内してくれる。
建物の中も広くて、立派。まるでお城のよう。
けれど、どこか静かで、暗い雰囲気がある。
今でも魔物が出る危険な土地だから、騎士団の皆さんは日々命がけで戦っているのでしょう。
休みなく働く大変さはとてもわかるわ……。
きっとお疲れなのね。元気がなくて、心配。
「団長はこちらです」
「ありがとうございます」
私をここまで案内してくれた騎士様は、ぺこりと頭を下げるとそのまま立ち去った。
人も足りなくて、忙しいのだと思う。
「失礼します」
「――どうぞ」
なので、一人でその扉をノックして入室する。
「初めまして、モカ・クラスニキです」
執務机で仕事をしていたと思われる男性が、椅子から立ち上がってこちらに歩いてくる。
この方が、呪われた騎士団と言われている最強の騎士の一人、アレクシス・ヴェリキー様。
漆黒の髪に、金色の瞳。見上げるほど大きな身長に、鍛えられているのがわかる体躯。
キリッとした顔立ちの、とてもハンサムな方……。
「アレクシス・ヴェリキーだ。どうぞかけてくれ」
「はい」
対になったソファの片方に誘導され、私たちは向かい合って座った。
アレクシス様のことは噂でしか知らなかったから、実際はどんな方なのかドキドキしたけれど、なんだかとても素敵な方。
だから、こんな素敵な方の妻になれるのは、ちょっと嬉しい。
「長旅で疲れただろう。まずはゆっくりするといい」
「お気遣いありがとうございます」
「しかし――あなたのような普通のご令嬢が、よく来てくれたな……。こんな場所に」
「え?」
どんな挨拶をして、どんなお話をするのかしら。
わくわくしていたけれど、アレクシス様は溜め息ながら、少し冷たい声を発した。
「こんな危険な場所――そして俺のような男に嫁ぎたがる令嬢はいない。そちらからの申し込みだったが、嫌なら今からでも断ってくれて構わない」
「え……?」
「借金でもあるのか? 無理やり嫁がされたのだろう?」
挨拶もそこそこに、アレクシス様はペラペラと続けた。まるで用意されていた言葉を紡ぐように。
「いいえ、違います」
「違う?」
けれど、私はそれを否定する。
「確かに姉とヴィラデッヘ殿下に提案された結婚でしたが、私の意思で来ました」
「……なぜだ、嫌じゃないのか? ここは危険な場所だし、俺の噂を聞いたことがあるだろう?」
自分の噂をご存知なのね。
知っているのに、否定はしないのかしら?
「危険かもしれませんが、来てみないとどんな場所かわかりませんし、お会いしてみないとアレクシス様のこともわかりませんので」
「……君は、俺の噂を信じていないと?」
「噂というのは、大袈裟に広がるものですから」
私にも経験がある。
今回のことだって、私がお姉様に仕事を押し付けたことになっているし。
「……そうか。だが、君は聖女だと聞いている。こんなところに来ずとも、もっといい相手と結婚することもできたはずだが――」
「聖女は、疲れました」
「え?」
「いえ、失礼いたしました。聖女は姉一人で十分だそうです。私は元々スペアでしかないので」
「……そう、なのか」
「はい」
私の言葉に、アレクシス様は眉をひそめつつも話を続けた。
「……君がいいのなら、俺は構わないが。嫌になったらいつでも言ってくれ。離縁の手続きはスムーズに行えるよう尽力するし、君が今後困らない額の金も用意する」
「えっ」
「……なぜ驚く」
「そんなことをすれば、次から次にあなたと結婚したいという方が押し寄せてしまうだろうなと思って」
「そんな娘は来ない」
「なぜです?」
はっきりと言い切るアレクシス様に、首を傾げる。
こんなに素敵な方なのに。
「いくら金に困っていたとしても、命を投げ捨ててまで来たいと思う貴族令嬢はいないからだ」
「命を投げ捨てる?」
「そんなことにはならないよう努めるが、みんなそう思っている。君以外の、みんながな」
「そうなのですね。……でも、アレクシス様は素敵な方なので、お金なんて関係なく嫁ぎたがる女性も多いと思いますけど」
「……え?」
思ったことを言っただけなのに、アレクシス様はまた驚いたように目を見開いた。
「俺が素敵?」
「はい。……?」
私、おかしなことを言ったかしら?
アレクシス様は私を見つめたまま、口を開いて固まっている。
もしかして、ご自分の顔を鏡で見たことがないの?
そう思いながら見つめていたら、その頰がほんのりと赤く染まったように見えた。
「……とにかく、俺は君が仕方なく嫁いできたのだとわかっている……だから、夫婦らしいことを望むつもりはない。もちろん寝室も別々だし、君はここで自由にしてくれて構わない」
「えっ」
仕方なく嫁いできたわけではないけれど。でも自由にしていいというのは、本当……?
「だから、なぜ驚く」
「あの、自由にしていいというのは、具体的にはどういうことでしょうか? 一日のノルマが課せられるけど、それが終われば休んでもいいということですか?」
「はぁ? なんのノルマだ?」
「ですから、何かお仕事ですとか、私にしてほしいことがあるのでは……?」
「そんなものはない。何か困ったことや要望があればいつでも聞くが、それ以外は俺も忙しいから、構っていられないんだ」
「……なるほど」
もちろん、アレクシス様の邪魔をするつもりはないわ。
でも、本当に……? 本当に、自由にしていいの?
*
「おはようございます!」
「……おはよう」
結局いつもの癖で早く起きてしまった私は、いい匂いに釣られて調理場へ行き、朝食の支度をしていた騎士様たちと一緒に、食堂のテーブルにお皿を並べていた。
そこにやってきたアレクシス様は、私を見て驚いた顔をする。
「何をしているんだ?」
「手が空いていたので、皆さんと一緒に朝食を並べています」
「……君が?」
「はい。どうしてそんなに驚くんですか?」
目を見開いて大きな声を出したアレクシス様に、一緒に朝食を作った、騎士のティモ・ハンペが口を開く。
「まぁまぁ! 団長、モカさんは手際がよくて本当に助かりましたよ!」
「しかし、君は疲れているのだろう? 何もしなくていいと言ったはずだが」
「ええ、でも早く目が覚めてしまったので……。それに、大したことはしていませんよ。皆さんと楽しく朝食を作って、それを運んだだけですから」
「……朝食作りも手伝ったのか?」
「手伝ったというほどでは……」
人手が足りなくて大変そうだったから、本当に少し手を貸しただけ。
あれだけで「手伝いました!」なんて偉そうに言えないわ。
「とにかく座って、食べてみてくださいよ!」
ティモさんはそう言うと、アレクシス様を席へ促した。
「……美味い」
そして、野菜と鶏肉のホワイトシチューを一口飲むと、大袈裟に目を見開くアレクシス様。
「でしょう? 最後の味付けはモカさんがやってくれたんですけど、それだけで格段に美味しくなったんですよ!」
「本当に美味いぞ、これはどうやって作ったんだ!?」
「どうって……普通にお肉の出汁を取って、野菜と煮込んだだけですよ? あ、最後に余っていたというチーズを入れました。それがよかったのでしょうか」
「なるほど……このコクはチーズか」
私が、チーズが好きだから。入れたら美味しくなるかと思って入れてみた。
料理は得意ではないけれど、美味しくなったならよかったわ。
他の騎士たちもシチューを口にして「美味い美味い」とざわついている。
でもちょっと、大袈裟な気もするけど。
「とにかくお口に合ったようでよかったです」
「こっちのたまごも美味い」
「それはただお塩で茹でただけですよ?」
「茹でるときから塩を入れたのか……!」
「無駄使いでしたよね、すみません……。料理には詳しくなくて」
「いや、こんなに美味いゆで卵は初めて食べた! とても不思議だ……」
そんなに喜んでもらえるなんて。
料理は全然してこなかったから、簡単なものしかできないけど……。
きっとアレクシス様は優しい方なのね。
*
「――今日も君が料理を作ってくれたらしいな」
それから数日経ったある日。
アレクシス様に呼ばれた私は、彼の部屋を訪れた。
私たちは夫婦になるけど、普段、用がないかぎりこうして顔を合わせて話すことはない。
「これまで料理はあまり作ったことがなかったのですが、教えてもらったら楽しくて」
自分好みの味付けにできるから、私が作ったら私が美味しいと思えるものが完成するに決まってる。
だから、料理をするのってすごく楽しい。
更に皆さんも喜んでくれるから、嬉しいし。
やっぱり人に喜んでもらえることは、単純に嬉しいものだわ。
「それだけではなく、洗濯や掃除も手伝ってくれているらしいじゃないか」
「そんな、手伝ったと言えるほどのことはしていませんよ。暇だったので、少しやり方を教えてもらっただけです」
「……いや、だからそれが十分助かっているんだ」
「え?」
「君は何もしなくていいと言っただろう? 働く必要はないんだぞ?」
「働いているつもりはないのですが……」
これまでの聖女の仕事に比べたら、本当に楽。
掃除をするために魔力を使ったって、微々たるものだし、そもそも魔力を使わなくても掃除ってできるし。
「……まぁ、君が辛くないのならいいが」
「全然辛くありません! むしろとても楽しいです!!」
皆さんと楽しくお話ししながら料理やお掃除をする時間が、私は好き。
だから、できればその時間はなくなってほしくないなぁ……。
そう思って元気よく答えると、アレクシス様は面食らったように若干目を見開いた。
「君はこれまで、どれだけの労働を強いられてきたんだ……」
「?」
小さく溜め息を吐いて何か呟くアレクシス様。
「とにかく、これを君に」
「……?」
何かしら。
そう言って、アレクシス様は隣に置いてあった箱を私に差し出した。
「俺は女性の好みに疎く、君がどんなものをもらったら喜ぶのかまったく見当がつかなかった。だが、ここには君と親しい者もいないし、寂しくしているのではないかと思って――」
「まぁ」
アレクシス様から受け取った箱を開けると、そこには犬のぬいぐるみが入っていた。
白くて、もふもふで、つぶらな瞳が可愛らしい、犬のぬいぐるみが。
「だがやはり、子供っぽかっただろうか? 本当はドレスや宝石のほうがいいのだろうな。しかし君の好みもわからないし、俺はそういうセンスがあまりなくてだな……」
「とっても嬉しいです!」
「……え?」
「なんて可愛らしいのでしょう! それに抱き心地がよくて、気持ちいいです! 大切にします!」
「……」
男性からプレゼントをいただくなんて、いつぶりかしら?
昔はヴィラデッヘ様から、ドレスやアクセサリーを贈られたことがあったけど。
でもあれは、従者が選んだものを形式的にヴィラデッヘ様がくれただけだった。
これはアレクシス様が選んでくださったのよね?
アレクシス様は一見怖そうに見える方だけど、こんなに可愛いものを選んでくれるなんて……!
「そうだわ、名前はアックンなんてどうでしょう?」
「ア、アックン? ……君の好きにしていいが……」
「ありがとうございます! よろしくね、アックン!」
「……」
そう言って、私はアックンをぎゅっと抱きしめた。
それを見たアレクシス様がなんだか照れくさそうにしている。
アックンとは、アレクシス様のことではないのだけど。
……どうしたのかしら?
「とにかく……、無理はしないでくれ」
「はい!」
無理なんて、まったくしていない。
これまでの重労働に比べたら、本当に天と地ほどの差がある。
これまでは聖女というプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、寝ないで仕事をしていた。
私のほうが倒れる寸前だったと思う。
でもここでは誰も私に期待していないし、好きなことをしていいと言われているから、とても気が楽。
私がここに来た頃と比べると、皆さんとても元気で明るく、よくしゃべってくれるようになった。
きっと私が馴染めたからね。よかったわ。
それから私とアレクシス様は、時間が合えば一緒に食事をするようになった。
「今日の料理もとても美味い」
「うふふ、ありがとうございます。今日はお肉と一緒に香草を入れて焼いてみました」
「なるほど……この香りはそれか」
アレクシス様は、私が少しだけ手伝った料理を、いつも美味しそうに食べてくれる。
「外はこんがり焼けているのに、中はとてもやわらかく、ジューシーだな」
「火加減を途中で変えてみたのです」
「なるほど……。君は本当に料理が上手いんだな」
「いいえ。ただ皆さんと楽しく作っているだけです」
私は、アレクシス様が喜んでくれる顔を見るのが好き。
だってアレクシス様は、やっぱり怖そうな見た目に反してすごく優しくて可愛らしい方なんだもの。
「しかし、いつもこんなところに籠もってばかりいては窮屈だろう? 今度ピクニックにでも行こうか」
「え?」
「大丈夫。俺が一緒に行くから、万が一魔物が現れても必ず君を守ってみせる。この地には、綺麗な湖があるんだ。君にぜひ見せたい」
「アレクシス様……」
綺麗な湖……。見てみたいわ。
「ですが、アレクシス様はお忙しいでしょう?」
「一日くらい時間は取れる。もちろん、君が俺と出かけるのが嫌でなければだが……」
「嫌なはずありません! とても嬉しいです!」
「……そうか」
そこだけは誤解のないよう、はっきり否定すると、アレクシス様の頰がほんのり赤く染まったように見えた。
……気のせいかしら?
でもアレクシス様とお話するのはとても楽しいわ。
話せば話すほど、この方がとても優しい方だとわかる。
――そんなある日だった。
「団長! 大変です、あいつが現れました……!!」
「なんだと!?」
アレクシス様と食事を終えて休んでいたら、騎士の方が慌てて飛び込んできた。
その様子を見て、アレクシス様の顔色が変わる。
あいつって、誰?
アレクシス様はわかっているみたい。
「こっちに向かって来ているそうです……! 動ける者はすぐに向かわせましたが――」
「俺もすぐに行く。準備を急げ!!」
「ハッ!」
アレクシス様の指示を聞き、その騎士は再び走って部屋を出ていった。
「アレクシス様……」
「君はここから出ないように」
「何があったのですか?」
「……バジリスクが、現れた」
「バジリスク?」
とは、蛇のような見た目の大きな魔物。
強力な毒を放つ、とても強い魔物。
「一年ほど前にも、俺たちは奴と戦っている」
「え?」
「あの戦い以来、この騎士団は変わってしまった」
「……」
〝呪われた騎士団〟
かつてこの騎士団は、〝最強の騎士団〟として魔物からこの国を守ってくれていた。
けれどあるときから、突然その力が失われた――。
「まさか、バジリスクのせいで……?」
「……」
肯定するように静かに目を閉じるアレクシス様は、かつての戦いを思い出しているのかもしれない。
きっと私では想像もつかないような、壮絶な過去があったのだろう。
「とにかく俺はすぐに向かう。君に怖い思いはさせないから、ここで待っていてくれ」
「アレクシス様……」
そう言って私にまっすぐ視線を向けたアレクシス様が、とても頼もしく見えた。
「――団長!! 報告します!!」
「! 早いな、もうここまで来たのか!? すまない、今行く――」
「いいえ、それが……、既に討伐したと!」
「え?」
さっきの騎士が戻ってきたと思ったら、今度はそんな言葉を口にした。
「…………すまない、聞き間違えたようだ。もう一度いいか?」
「先に向かった者たちだけで、容易くやっつけてしまったとのことです!!」
「………………なんだって?」
どうやら聞き間違いではなかったみたい。
もう一度告げられた言葉に、アレクシス様は顔をしかめて、口を開けたまま固まった。
「それが、不思議なことに以前のような……いえ、それ以上の力がみなぎってきて、簡単に討伐できたと!!」
「……力がみなぎってきた?」
「はい!」
……というのはつまり、〝最強の騎士団〟と呼ばれていた頃のような力のことかしら?
やはり、この国一と言われていた〝最強の騎士団〟は、強いのね……。
「……そうか、とにかく討伐できたのならいいが……、しかし、なぜ急に」
「モカ様のおかげかと」
「え、私ですか?」
二人の会話を大人しく聞いて私に、突然視線が向けられる。
「はい。聖女モカ様のお力で、我ら辺境騎士団は覚醒したのだと思われます」
「え? え? ですが、私は何もしていません……」
「毎日モカ様がお作りになった料理を食べていました!」
「料理に魔力は注いでいませんよ? それに、私は回復薬を作ったり怪我を治したりすることはできますが、呪いを解くことも戦力を高めることもできませんし……」
そんな期待に満ちた視線を向けられても、私は所詮、もう用済みになったスペアの聖女。
「大聖女……か」
「え?」
そう思っていたら、アレクシス様がぽつりと呟いた。
「君はもしかして、数百年に一度誕生すると言われている、大聖女なのではないか?」
「……まさか」
「きっとそうです! 大聖女様なら、治癒魔法以外にも様々なことができると言われています!」
騎士もアレクシス様の言葉に同意して、私に熱い視線を向けてくる。
「……って、そんなわけないじゃないですか! 〝最強騎士団〟の皆さんがお強いだけです」
一瞬そうなのかもしれない……と考えてしまったけれど、やっぱりそれはないわよね。
王都ではすごく辛かったし。
私が大聖女なら、あれくらいの仕事、もっと楽にできたはずだもの。
「……いや。事実、君が来てくれてから、辺境騎士団は生まれ変わった。俺たちにかけられていた呪いが解けたように」
「……」
アレクシス様のまっすぐな視線と言葉に、私は否定の言葉を詰まらせる。
「俺も後ほど向かう、君は先に合流していてくれ」
「ハッ!」
アレクシス様は騎士にそう伝えると、私の前まで歩み寄ってきた。
「君は本当にいつも、俺たちに元気を与えてくれる」
「……本当に私は何もしていません」
「ふっ、君が作った料理を食べたから……そうかもしれない。だが、それだけではない」
「……?」
とても真剣で、優しい眼差し。
男の人に、こんな真剣に私の目を見て話をしてもらったことはない。
「君には本当に感謝している」
「いいえ、そんな」
「……自由にしていいと言ったが、やはり一つだけ伝えたいことがあるのだが、聞いてくれるだろうか?」
「なんでしょう?」
アレクシス様は、少し緊張の色を浮べて私に言った。
「モカ。これからもずっとここに……俺の妻として、いてほしい」
そしてそっと私の手を握り、まっすぐに見つめられる。
アレクシス様に名前を呼ばれたのは、初めてかもしれない。
「……もちろんです!」
それは、私にとっても嬉しい言葉。
大聖女だから王都に帰れと言われたらどうしようかと思った。
けれど私はここでの生活が大好き。帰りたくなんかない!
……お姉様も、王都でヴィラデッヘ様と幸せにしているかしら。
もしかしたら、私と同じように強い力が使えるようになっていて、大聖女と言われていたりして。
そんなことを考えながら、嬉々として答えた私に、アレクシス様が続けた。
「それから、できればこれからはもう少し本当の夫婦として歩み寄れたらと、思う」
「――え?」
◇◇◇
一方、王都では。
「――なんなのよ、私は聖女なのよ!? どうしてこんなにこき使われているのよ……!」
モカを追い出してから、私は毎日想像以上の労働を強いられている。
「あの子はこの仕事量を本当に一人でこなしていたの!?」
私は王太子のレナード殿下が好きで、レナード殿下と婚約したかったのに。
彼は聖女である私ではなく、幼馴染の女と婚約してしまった。
仕方ないから第二王子のヴィラデッヘ様で我慢しようと思ったけど、ヴィラデッヘ様がモカを好きなのは知っていた。だから、あの子を悪く言って追い出したのに……!
「これじゃあ、あの子がいたほうがよかったわ……!!」
「カリーナ様、回復薬はまだ完成しないのでしょうか? 兵士たちが待っております!」
「うるさいわね! 今やっているじゃない!」
「カリーナ様! 至急手当てを頼みたい者がおりまして――!」
ああ、もう!
なんなのよ、私は全然休んでいないのに、どうしてそんなにこき使うのよ……!!
「もう嫌!! 私は聖女よ!? 疲れたから休ませて!!」
「……モカ様はそんなこと一回も言わなかったよな……?」
「ああ。それに、これまでは回復薬だってもっとスムーズに作れていたのに……」
「モカ様がいなくなってから、精製の速度が急激に落ちたと、陛下も困っておられる。まさか、これまではモカ様がお一人で……?」
従者が、明らかに不満そうに私を見ながらそんなことをひそひそと話している。
「……っ違う! 違うわ!! 私がモカに仕事を押し付けられていたんだから……!!」
「それでは、なにとぞよろしくお願いいたします!」
「聖女カリーナ様! あなた様が頼りなのです!!」
「……っ」
もう嫌。助けて、ヴィラデッヘ様……!
そういえば、もうずっとヴィラデッヘ様にも会っていない。
彼は全然会いにきてくれない。
もし他に女を作っていたら、許さないんだからね……!!
「カリーナ様、回復薬はまだですか?」
「あー、もう!! 全然魔力が足りないわ……!!!」
こんなことなら妹を近くに置いておけばよかったと後悔しても、もう遅いのであった……。
お読みくださいまして、ありがとうございます。
長編版を開始しました!!(短編書いてからかなり時間が空いてしまいましたが……)
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