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異世界に聖女として召喚されたけど、確実に横のお姉さんが真の聖女。だって俺男だし。

作者: エノコロ草


 



「ーー成功だ!聖女の召喚に成功したぞ!」


急な閃光と浮遊感に襲われたと思ったら、知らないおっさんの声がいきなり耳に入って来た。

…何だ、ここ?俺はさっきまでトイレにいた筈だ。今をときめく深淵系邪神アイドル・ハスターちゃんの握手会に来たは良いものの、緊張のあまり会場前で吐きそうになって一旦トイレで休憩していたのだ。


落ち着いてよく見ると、俺はアニメで見るような魔法陣の中にいた。ファンタジー好きが高じてルーン文字やオガム文字なんかを少し齧っているが、ここに刻まれているのは完全に知らない言語だった。

嘘だろ…マジで異世界召喚されたのか。俺だって一度は夢見た事あるよ。世界を救う勇者として召喚されてハーレムパーティーを率い、最終的に魔王(美少女)も姫も皆俺の嫁に迎えて幸せに過ごすとかな。

でもタイミングが最悪だ。よりによってこんな時に召喚されるなんて。


「うぅ…」

すぐ近くで苦しそうな声が聞こえて、俺は初めて横にOL風のお姉さんが立ち竦んでいるのに気が付いた。お姉さんは酷く顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうだった。随分と窶れて見えるけど、もしかして徹夜明けだろうか?俺が彼女に声を掛けようとした所で、勢いよく儀式場の扉が開かれた。



「神官長、聖女の召喚に成功したか⁉︎」

いきなり入って来た金髪のイケメンは居丈高に神官長らしきおっさんへ問いただす。周りの警備の厳重さから多分コイツはこの国の王子か何かなんだろう。


「は、召喚の儀には成功したのですが、その…」

言いにくそうに言葉を濁しながらおっさんが祭壇上にいる俺達を見遣る。


「聖女が二人…?」




さて、何故ここにいる者が揃いも揃って俺のことを聖女だなんて思い違いをしているのか説明をしなければならない。


俺の最推し、ハスターちゃんは2年前彗星の如く現れた深淵系邪神アイドルユニット「らゔくらふと!」のセンターだ。その涜神的で背徳的な曲と世界観は多くの人を魅了し、一躍トップアイドルに躍り出た。

そして満を持して開催された全国コンサート。俺はそのすべてに落選した。泣いた。凄まじい倍率であったと聞くが、流石に落選し過ぎではないだろうか。

絶望に打ちひしがれる俺に吉報が齎されたのは先月の事だ。小規模であるが、握手会が開かれると言うのだ。けれどもその応募にはある制限が設けられていた。そう「女性限定」握手会である。天国から地獄に落とされるとは正にこう言う事なのだろう。


という訳で俺は幼馴染に土下座した。プライドなど無かった。俺は何が何でもハスターちゃんに会いたかったし、同じ空気を吸いたかったのだ。皆の言いたいことは分かる。運営側の指定したルールに反し、無視する様な行為はファンに有るまじき愚かな行いであると。

だが、今まで活動の主体がネット配信だった彼女と直に会える唯一の機会なのだ。例え地獄に落ちる事になっても、俺はこの選択を一生後悔しない。




などとつらつらと考え事をしていた俺は、直ぐ傍まであの金髪が近寄ってきているのに気付くのが遅れた。ーー俺の右腕が強い力で握られる。痛い。もっと丁重に扱えや。


「神官長、何を迷う事がある。どう見ても彼女が聖女だろう。」


何言ってんだコイツ?どんだけ節穴なんだ。

確かに俺は握手会参加に当たって、手先の器用な幼馴染協力のもと女子に偽装している。でも遠目なら兎も角ここまで近付いたのに隣のお姉さんーー本物の女性と普通間違うか?

と言うか、さっきから剣の鞘が足に当たって地味に痛いんだが。その腰にこれ見よがしに吊るしてある剣、ゴテゴテした装飾が鼻につく。絶対剣に名前とか付けてるよ。剣との友情を極めまくってると性別の違いも分からなくなるのだろうか?怖っ。


あぁでもこの展開、小説投稿サイトで100億回くらい見たことあるな。真の聖女を偽物と間違えて冷遇した挙句、何やかんやでざまあされるやつだ。このいけ好かない金髪が精神的にボコボコにされる所は少し見たくもあるが、まぁここは正直に言おう。

この状況で女装カミングアウトとか多少…いや相当恥を掻くかも知れないが、その資格が無い者がいつまでもここにいても仕方がない。旅の恥は書き捨て。さっさと送り帰して貰おう。現世でハスターちゃんが俺を待っているのだ。心を決めて口を開こうとした時、金髪がとんでもない事を言い出した。


「では其処の偽物は放逐しろ。この国家存亡の機に余計な者まで庇護する理由は無い。」


は⁉︎何言ってんだこのクソ金髪。事前の通告も無く勝手に呼び寄せておいて、違ったら有無を言わさず放逐?

こちとら今の今まで戦闘訓練なんて受けた事が無い、正真正銘の箱入りだぞ。剣が友達♡みたいなお前ら蛮族と一緒にするな。この世界の治安がどれくらいか分からないけど、丸腰で放り出されたら死ぬわ!


駄目だ。ここで俺が本当は男ーー聖女では無いと告白した場合、今度は俺が放逐される。かと言って、このまま本物の聖女であるお姉さんが追い出された場合、この国の危機とやらは全く解決しない。結果、役目を果たせない偽聖女(俺)もまた放逐されるだろう。いや、期待させておいて裏切られるのだからもっと厳しい刑罰が科せられるかも知れない。

ヤバい。何としてもお姉さんを引き留めないと!





「ーーお待ち下さい。」

涼やかな声が儀式場に響いた。王子に手を取られ、今にもその場から連れ去られようとしている嫋やかな少女からであった。


「卑賤なる身からの直言、何卒お許しください。仔細は分かりかねますが、そちらの方を放逐するのは些か早過ぎるかと存じます。」


「僕が間違っていると言うのか?」

鋭い目が少女を射抜くが、それをものともせず見返す眼差しは気品すら感じられた。


「左様な積もりは毛頭ございません。なれど、神聖な儀式を経てなお二人の人間が召喚されたと言う事は、何か深い意味があるのではないかと愚考する次第です。」


「ーーふむ。神官長、其方はどう考える?」

良かった、冷静になられた。

神官長である私ーーパウロ・ヘルベルクは胸を撫で下ろした。ヨシュア第二王子は些か直情のきらいがあるが、身分に関わらず周りの者の意見に耳を傾ける度量があるお方だ。


「何分前例がない事ですので、我らもこの場で結論を出せませんが、此度の件は女神様の深い意図を感じます。二人居なければ対処出来ない程の危機が訪れる予兆なのやも知れません。やはりお二人とも聖女として受け入れ保護すべきかと具申致します。」


納得なされたご様子の殿下は、両陛下へ進言しておくと言い残し退出された。

さて、まずは二人を貴賓室に招き、詳しい事を説明しなければ。この様な状況にも関わらず、先程殿下をお諌めした乙女は歳に見合わない落ち着きを見せているが、もう一人は顔色も悪く未だ混乱しているようだ。

傍の神官に茶と癒者の手配をするよう告げ、私は彼女達に向き合った。



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良かった、ひとまず何とかなった…。

壮麗な彫刻が其処かしこにあしらわれた貴賓室で、用意された茶を飲みつつ俺はほっと一息ついた。

おっさんに詳しく聞いた所、聖女は其処にいるだけで場を清める力を持ち、国内に蔓延る瘴気を数年で浄化するそうだ。なにそれ凄い。あと役目を果たせば元の世界に帰る事は出来るが、詳しい内容は何か濁されて教えて貰えなかった。おい、俺にとっては死活問題なんだが?後で絶対吐かせる。ちなみに、俺達異世界から渡ってきた人間は魔力を持たないので、いわゆる魔法は使えない。お姉さんはちょっとガッカリしてた。

さて、この後はお姉さんが何やかんやで国を救うだろうから、良い感じにヨイショして子分ポジになろう。放逐を阻止したし、お姉さんの好感度も少しは上がっている筈。もし性別がバレても庇って貰えるくらい仲良くならなければ。

とりあえず女装は継続しつつ、元の世界に戻る方法を探すぜ!待っててね、ハスターちゃん!



















などと思っていた時期が俺にもありました。




「聖女リョウコが奴隷の解放を求め城下で布教活動を行っています!」


お姉さん!

ここ余所の国!唯の客人の身分で国の政策に口出しとかしちゃダメだから!よそは余所、うちは内!しかもその人達の元の居住地、今瘴気で人の住める環境じゃないから。最低限、国内情勢は頭に入れといてくれ。お姉さん付きの神官何やってんだ。こんな行動を起こす前に止めろよ。職務怠慢じゃない?




「聖女リョウコが『紙』とやらを作ろうとして森に自生している植物を乱獲しています!」


お姉さん!!

確かに紙は便利だけど、異世界に同じ性質の植物が自生してるか分からないし、万一あったとしても製品化の段階に漕ぎ着けるまで結構な時間と人手とお金掛かるから。それ全部王家に請求するの?するにしても多分議会の承認が必要だと思うよ。そもそも貴族でも無ければこの国の民でも無い俺達に上申の権利があるか分かんないけど。

あと、紙の開発なんて羊皮紙の生産で利益を得ている貴族達にケンカ売る行為だから。国内に余計な揉め事を起こしかねない。いくら王家の庇護下とはいえ、やって良い事と悪い事があるよ…




「聖女リョウコが、食堂の料理に宗教上飲食が禁じられている食材を入れ、多数の神殿騎士が口にしてしまいました!」


お姉さん!!!

その辺に自生していて毒もなく、料理に入れると美味しいのに何故か使われて無いのは、それなりの理由があるからだよ!仏教でも戒律厳しい所だとニンニクやニラの飲食禁止だったりするからね。聖女特権で通常神官・貴族以外は立ち入り禁止の書庫に入り放題なんだから、その辺しっかり勉強してくれ。

あといい加減紙作るの諦めて。一生この世界に居るわけじゃ無いんだから、別に無理して普及させなくても良いじゃん。て言うか、ほっといてもその内どこかの誰かが似た様なもの開発するよ。俺達の世界みたいに。諸々の苦情が最終的に俺の所に来るんだけど。




「聖女リョウコが作成したポーションを服用した患者が軒並み危篤状態に陥りました!」


お姉さん!!!!

十分な臨床データが取れて無いのに、何で病人に渡しちゃうの?新薬が実用段階に入るのは様々な臨床・非臨床試験を経て、少なくとも数年は掛かる筈だけど。俺達まだこの国に来てそんな経ってないよね。

いや待て、よく考えるとコレ病院側の過失だな。と言うか簡単に事が進み過ぎている。悪意すら感じる。

確かあの病院の経営を担っているのはゴルド伯爵家だったはず。神殿の権威拡大に何かといちゃもんつけて来る一派だ。この失態を盾に此方の発言力を削ぐつもりか。

急いでパウロ神官長とヴァルケ侯爵に連絡して、内々で済ませる様手筈を整えないと。




「聖女リョウコが出入りの商人と駆け落ちしました!」


お姉さん!!!!!

ソイツ他国のスパイだから!最近やたらとお姉さんに接触して何か怪しかったから、王家に願い出て身辺調査したら真っ黒だったよ。多少イケメンかも知れないけど、そのまま着いて行ったら体バラされて、向こうの国の結界装置に組み込まれちゃうからね。この世界治安悪すぎかよ。マジ人外魔境じゃん。

念のため事前に根回しをして、北部の各関所と港に検問を張ってるから今日中には居場所が特定出来るかな。




………お姉さん

マジで、お願いだから、大人しくしてて!

小説のヒロイン達が上手くいってたのは、それが小説だったからだよ。作者がそうあれと願いその様に物語を書いたからなのに。俺だって異世界召喚モノは好きだし、もし自分だったら…みたいに妄想する事あるよ。でもコレ現実!

この世界でお姉さんは聖女なんだから、何もしなくても役目は果たしてるんだよ。自身の有用性を示す必要なんて無いんだ。何で爪痕残そうとするの?

これ以上やらかすと本当に庇い立てが出来なくなる。お姉さんが放逐されるとこの国も俺も終わりなんだから!

お腹いたい…助けてハスターちゃん…






これは誤って聖女召喚に巻き込まれた俺が男である事を隠しつつ、真の聖女であるお姉さんのやらかしをフォローすべく奔走する話だ。

クソったれ!








男子高校生。ドルオタ。

女性限定の握手会に参加する為、女装して会場に向かったものの緊張で吐きそうになり、トイレに入ったら異世界召喚に巻き込まれた。完全に自業自得。良い子の皆は運営さんの提示したルールをちゃんと守ろう。

無駄に蓄えたサブカル知識で立ち塞がる難題を何やかんやで解決して行く。

黙っていれば清楚系儚げ美少女。乙女ゲームのヒロイン並にモテモテだった母親に瓜二つ。常にイケメン爆破しろと思っているので、今後何があっても特にBL展開にはならない。





お姉さん(佐藤涼子)

32歳限界社畜OL。喪女。

20連勤の徹夜明けでフラフラになりながらトイレに入ったら異世界に召喚された。

異世界召喚モノが大好きで、アニメ、漫画、小説問わず読破してきた。無駄にガッツがあるので何回失敗しても諦めず、小説のヒロインがやっていた事を再現しようとする。

もう一人の聖女の奔走は知らないので、好感度は特に上がっていない。若くて可愛い子の方が好かれるよねと思っているけど、単純にこれまでの行動がヤバ過ぎるから遠巻きにされている事に気付いて無い。



異世界召喚・転生モノを読み込んできた人が実際に同じ状況になったら、そりゃ色々試してみたくなるよね。同じように上手く行くかは別として、というお話。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 聖女召喚の新しい切り口が面白いと思いました。 [一言] とても面白かったです
[気になる点] 俺はそのすべてに落選した。 なにに落選したの? まあ、文の前後から予想はつくけどさ、だからって書かなくて良いって事にはならないだろ?
[一言] 俺くんメス堕ちルート妄想スピンオフ十万字よゆーですた♡www
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