次の国へ
「お礼が遅くなったわね。助かったわ、あなたがいなければ死んでた」
「新緑の森であんな高位の魔物が出現するのは想定外だろう」
「ええ、あれは突然現れたのよ。黒いモヤみたいなものが発生したかと思えば次の瞬間にはあいつがいたの」
黒いモヤ、か。ギルドでそういった話は聞いたことがなかったが。とりあえずギルドに戻ったらこのことはすぐに報告しなければならないだろう。でなければ犠牲者が次々と出てしまう。
「それにしても、その魔眼、半端じゃないわね」
女は俺を覗き込むようにして言った。
「ああ、まぁ、そうだな。これがなければ俺たちは二人共死んでただろうね」
「あ、名乗るがまだだったわね、私はサーシュ・ピ、えっと、サーシュよ」
「俺はユーリ。よろしく」
ピ?何か言いかけようとしてやめたようだが、こういうときはあまり深追いしないほうがいい。寝た子を起こすのは危険だ。触らぬ神に祟りなし。聞かなかったことにして流そう。
「ユーリね。聞いたことないわね。あなたほどの実力ならかなり高ランクの冒険者でしょう?」
「いや、俺はEランクだよ」
「え!?嘘でしょ!?私より低いの?」
「討伐系のクエストはやってこなかったからね。今だって採取系クエストが終わって帰るところだったんだよ」
「信じられないわね。それほどの魔眼を持っていながら討伐系クエストに挑まないなんて、あ、何か訳ありなのかしら。だとしたら不躾にごめんなさい」
「いや、特に理由があるってわけじゃないよ。危険を避けてるだけなんだ」
あんまり目立ちたくない、という理由はあるんだけどな。
実際、社畜眼を目にしたサーシュは興奮している。パーティーに勧誘された日には俺は討伐系クエストに駆り出されて過酷な労働環境に身を投じることになるだろう。俺は定時上がりがいいんだ。時間外労働はもう嫌なんだ。採取系クエストというホワイトワークだけしたいんだ。ホワイトワーカー何だ俺は。
「ふぅん。そうなんだ。なんだか不思議な人ね。あなた、年はいくつ?」
「15だよ」
「私のほうが年上ね」
あー、年上には敬語で話せタイプ系の人か?まぁ、俺も初対面の人には基本的に敬語スタイルだったんだけど、ギルドで初日にぶつかってきたおじさんから「あんまり腰を低くすると舐められるぞ。男ならぶっきらぼうに喋りな。それが冒険者ってもんだ」という助言を頂いたのでそれに従っていた。実際冒険者という職業の人達は言葉が結構荒かったりする。そのため変に丁寧語だったり敬語を使うと却って目立ってしまうのだ。目立ちたくはない。俺は普通に採取系クエストをコツコツ達成したいだけなのだから。
「なんだか年上みたいだなって思ってたのよ。落ち着いてるしさ」
あー、まぁ、前世の年齢を換算すると40代なんで……。そら落ち着くよ。落ち着いてないほうがおかしいよ。
「生まれた村にお年寄りが多くてね。老練な雰囲気が移ったのかもしれない」
適当にはぐらかすことにした。
そうこうしているうちに俺たちは新緑の森から抜けた。
その後ギルドに向かいグランドドラゴンのことを報告した。
しばらくは低ランクの冒険者の新緑の森での活動は禁止され、高ランクの冒険者に受けて討伐クエストが発出された。
サーシュとは事前に内口裏を合わせてもらい、グランドドラゴンを目撃しただけ、ということにした。
面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。
グランドドラゴンの報告を終えた俺は自分のクエスト達成報告を行い、宿に帰ろうとしていたところでサーシュに声を掛けられた。
助けてもらったお礼がしたいので晩御飯を一緒にどうか、というお誘いだった。気持ちは大変ありがたいのだが飯は一人で食べるほうが落ち着く。かといってここで断るのも相手に失礼かと思ったので、誘いに乗ることにした。
連れて行かれたのはおしゃれなレストラン、って感じの店だった。
前世ではついぞ入店したことのない類だ。
お金は持ってはいるけどあまり無駄遣いしたくないんだよなぁ、と思っていると、顔に出ていたのか、ここはもちろん私がごちそうするわ、とサーシュが言ってきたのでありがたくその言葉に甘えることにした。
コース料理が次々と運ばれてくる。
俺とサーシュは他愛のない話をして食事を楽しんだ。
うまい。
そもそも人と食べる飯はいつぶりだろうか。
社畜だった俺は晩飯は寂しく職場で食べていたものだ。その時は他にも寂しげにご飯を食べていた同僚や先輩がいたが、こんなふうに楽しげに話したりはしなかった。
みんなどんよりとした顔でただ倒れないために飯を食べている、といった感じだった。
デザートを食べ終え、そろそろ帰ろうか、と身支度を整えているとサーシュが真剣な顔をして口を開いた。
「提案があるの」
嫌な予感しかしない。
「私とあなたでパーティーを組まない?」
社会人の嫌な予感はだいたいが当たる。
「えーっと、話したとおり俺は採取系クエストをメインに請け負っているんだ。冒険者として有名になりたい、とかそういう向上心もない。採取系クエストなら一人で十分だし、パーティーは……」
お断りの言葉をつらつら並べていると
「でも、不測の事態は起こるでしょ?今回は私が襲われているところにあなたが駆けつけてくれたけれど、逆だった可能性もあるのよ?」
なるほど。確かにその可能性はあった。
俺は安全第一で新緑の森で採取系クエストをやっていたが、タイミングが悪ければ俺がグランドドラゴンと遭遇していた可能性はある。
確かにそうだな。
「一理あるね。ふむ。」
俺が思案に耽っていると、サーシュが追撃を掛けてくる、この子はイケイケドンドンタイプなのかもしれない。
「それに、ずっとサンバーグにいるつもり?あなただって冒険者をしているんだから、ここ以外の場所にだっていきたくなるかもしれないわ。その時に仲間がいたほうが情報収集だったり、何かと都合がいいと思うわ」
「確かにそうだな」
そのとおりだ。パーティーか。悪くはないのかもしれない。
実際俺はサンバーグにずっといるつもりはなかった。ここは住みやすい場所だが、村を出た理由の一つに世界を自分の目で見て回りたい、というのもあった。
この目で見て、世界の広さを知りたい。
もちろん危険な場所には行かないつもりだが。しかし、グランドドラゴンのようにどこに危険が潜んでいるかはわからない。
「そうだな。わかった。俺で良ければパーテイー、組もうか」
「やったー!撤回はなしだからね?約束よ」
「ああ。約束は守る。契約書を書いてもいい。しっかりと契約内容は履行する」
「ん?なんかよくわからないけど、まぁいいわ、それじゃユーリ。改めてよろしくね」
「こちらこそよろしく」
そうして俺はパーティーを組んだ。
パーテイーを組んだことで俺の冒険者ライフは少し変わった。基本は採取系クエストをメインにしているのだが、時々討伐系クエストを請け負うようになったのだ。
サーシュが「討伐系クエストのほうが実入りがいいの。お金はあるに越したことはないでしょ?」と言って聞かないのだ。
その代わり討伐対象のモンスターはゴブリンなどの低位の魔物だけにした。
サーシュはもう少し強い魔物と戦いたそうにしていたが、安全第一だ。
そうそう。グランドドラゴンについてだが、俺たちが報告してほどなく、討伐パーティーが組まれて新緑の森に向かったそうだがどれだけ探索しても見つからなかったらしい。ただ、膨大な魔力の残滓が見つかったことから、高位の魔物が存在した、ということは立証された。
よかった、嘘つき呼ばわりされなくて。
サンバーグに来てかれこれ半年がたった。
だいぶここ、サンバーグの情報にも精通してきた俺だが、そろそろ他の街に行って見てもいいかな、と思い始めていた。
そのことを告げると
「私も同じことを考えていたのよ。そうね。次にどの街に行くか考えて見るわ」
と言っていたが、それから一週間が
経った頃、サーシュの口から出た国はモルビコ王国だった。
聞いたことはある。
ここから更に来た、中央部よりの国だ。
サンバーグは貿易が盛んな国だが、モルビコ王国は南部地方有数の軍事大国だ。
「特に異論はないけれど、モルビコ王国を選んだ理由は教えてもらっていいかな」
「モルビコ王国はギルドの南部支部があるのよ。ここのギルドよりももっと規模が大きいの。だからクエストの種類も段違いに多いわ」
「ふむ」
クエストの数が豊富か。
「何度も言うけど、討伐系のクエストは……」
「分かってるわ。でもたまにはいいでしょ?身の丈に合ったクエストを選べばそれほど危険もないわ。それに、モルビコ王国には絶対に行ったほうがいいと思うの。世界の広さを知りたいんでしょ?」
気になる言い方だな。
「どういう意味だ?」
「モルビコ王国には太陽の塔、と呼ばれるものすごく高い塔があるのよ。名前が示す通り、太陽に最も近づける塔という話よ。私もまだ見たことはないけれど、そこから見える景色はそれはもう絶景なんですって」
「絶景か」
それは見たほうがよさそうだ。
うむ。気になる。前世は観光とは無縁の人生だったからな。前世でやれなかったことはできるだけ現世でやっておきたい。
「わかった。モルビコ王国。行ってみようか」
「うん!決まりね。なら、そうね、ここからは馬車の定期便があるから野営の準備はそれほどいらないと思うし、明後日出発でどうかしら」
「ああ。俺はそれで構わない」
ということで、俺たちは明後日の出発に向けてそれぞれ準備をすることにした。
俺はショートソードを武器としているが、この武器もだいぶ年季が入ってきた。もともとは父さんが使っていたものだから歴史は古い。
武器の点検の怠りは命に直結する。
しかしサンバーグよりも軍事大国であるモルビコのほうが武器の種類は豊富だろう。モルビコ王国までの道のりは比較的安全という話だし、武器の調達は見送ることにする。
あとは、外套。共に数々のクエストをこなしてきたが、裾が擦り切れたりしている。せっかく新しい土地に行くのだから身なりはできるだけきれいにしておきたい、ということで俺は紺色の外套を調達した。
さて、あとはギルドに挨拶をしておこうかな。
半年の付き合いだ。こんな俺にも知り合いはできた。
まずはいろんな情報を教えてくれた受付のお姉さんに感謝の言葉を述べた。
次に、初日に俺にぶつかってきた酔っぱらいのおじさんに声をかける。
彼は今日は酔っていなかった。
「おう、坊主。今日は採取には行かないのかい?」
「ああ。今日は別れの挨拶を言いに来たんだ」
「そうか、坊主と会ったのは半年前か。生き残った若い冒険者はだいたい半年くらいで更に北に行っちまうのよ」
「いろいろと冒険者のいろはを教えてもらって感謝している。ありがとう」
「はは。言葉遣いも冒険者らしくなったな。それでいい。舐められるんじゃねぇぞ。なぁにお前なら大丈夫だ。無理なクエストには挑まず、達成確率の高いクエストをこなしていた。サーシュの嬢ちゃんとパーティー組む、って聞いたときは驚いたがな」
「驚く?なんでだ?」
「あの子は、まぁ、ちょっとした有名人だ。坊主も知っての通り結界魔法や治癒魔法、基本的な魔法は全て扱えるオールラウンダーだ。あの子をパーティーに欲しがった奴は少なくなかった。けど、あの子はそれをすべて断った。『私は自分よりも強い人としか組まないわ』って言ってな。」
うーん気の強いサーシュのことだ。言いそう。ってか、それでか。サーシュと組んだ後、何人かの冒険者が突っかかってきたんだよな。
「坊主。お前が強い事はわかってる。なのに目立とうとしないのにはなにか理由があるんだろう、けどな、もっと楽に生きてみな。そうすりゃ世界の見え方も少し変わって来ると思うぜ。ま、とにかく元気でやりな。俺はここにいるからよ」
その後、何人かと別れの挨拶を交わした後、俺は宿に戻り、サーシュとサンバーグを後にした。