グランドドラゴンと遭遇
その日。
俺は例のごとく採取系クエストを受注し、新緑の森へとやってきていた。
一人で。
俺、ソロプレイヤーなんだよ。
かっこいいだろ。
団体行動が苦手というわけではないのだが、ほとんどの冒険者はある程度簡単なクエストを達成していくと討伐系のクエストに進んで行く。
スタイルが違うのでパーティーを組むことは断念したのだ。
採取系クエストであればソロでも達成が可能なのもあるし無理にパーティーを組む必要はない、と思った結果俺はギルドの中で孤立していた。
まぁ、昼飯を群れて食うのは高校生までだろ?
そういうのは俺、もう随分昔に卒業したからさ、全然寂しくないんだよね。
社畜時代はエナジードリンクが一番の友達だったし、友達がいないことに関しては全然寂しさ感じてないのでほんと、大丈夫ですわ。
必要な情報は受付のお姉さんが教えてくれるし、仲間同士でのネットワークとか、そういうの俺には不要なんですわ。
さて、採取すべきものは採取した。
あとは帰るだけ。
日はまだ高い。
クエスト達成の報告をギルドでしたあとは適当に街をぶらつこうかな、と考えていたときだった。
「グアアアアアアアアアアアアアアアア」
咆哮が響いた。
俺はすぐに身をかがめる。
何かが飛来する気配はない。
それに咆哮の発生源はここから距離がある。
直近での危険はない、か。
魔物の咆哮だろう。
しかし、空気を震わす振動が半端ではなかった。
大型の魔物か。
危険度の高い魔物の出現情報はギルドでは確認されていなかったはず。
であれば突発的な出現と考えるのが自然か。
嫌なタイミングでの出現だな。
新緑の森は魔物が全くいないわけではないものの、確認されているのはどれも低位の魔物ばかりと安全地帯に分類される。
そのため、この新緑の森にいる冒険者は駆け出しの冒険者ばかりだ。
さて、わざわざ魔物を確認するメリットはない。
今優先すべきことは危険から遠ざかること。
早く新緑の森から撤退しよう。
俺は新緑の森の出口へと向かおうとしたその時。
「きゃあああ!!!!!」
女性の悲鳴が聞こえた。
咆哮からの悲鳴。
魔物に襲われている、のか。
どうする助けるべきか。
しかし俺が向かったところで問題が解決するだろうか。高位の魔物であれば文字通り命の危険がある。
俺の社畜眼は生身であれば魔物にも有効だ。新緑の森で遭遇したゴブリンでそれは確認済みではある。
が、何事も想定外はある。
実際、俺の魔眼はほぼ無敵じみた力を持つが、無敵ではない。肉体を持たないアンデッド系やスカル系の魔物には効果を発揮しない。
低位のアンデッドであれば基礎魔法である火や風魔法で対処可能ではあるが。
咆哮の主は高位の魔物である可能性を否定できない。
どうする。
どうする。
そんなとき、蘇ったのは母さんの言葉だった。
「困っている人がいたら手を差し伸べなさい」
俺は走り出した。咆哮がした方へ。
風魔法で加速する。
咆哮の主は程なく確認できた。
あれは、グランドドラゴンか……。
高位の魔物に分類される存在。見た目は大きなトカゲ。
グランドドラゴンと相対しているのは俺よりも少し年上といったところの女性。剣を構えているところからして冒険者だろう。
ギルドで見かけたことはないな。
満身創痍といった体。
グランドドラゴンが口を上下に大きく開く。
あれは、ブレスか。
対する女は、足を痛めているのか左膝を地面に付けている。
あれではブレスを回避することはできない。
となれば、
「貫くは熱き炎の槍。【ファイヤーランス】!」
俺は呪文を詠唱し炎の槍をグランドドラゴンへ発射する。中級の魔法であり、グランドドラゴンに対しダメージを与えることは期待できない。
だがそれでいい。グランドドラゴンの視線を俺へ向けられればそれでいい。
ファイヤーランスがグランドドラゴンに直撃する。
グランドドラゴンが口を開いたまま俺の方を向く。
すごい迫力だ。こんな高位の魔物とは遭遇したことがない。すごいプレッシャーだ。
そしてグランド・ドラゴンと俺の視線が交錯した。
今だ。
「魔眼開放」
俺の両目が青い光を発する。
直後、グランドドラゴンの巨体がフラつき、地面に倒れる。
俺はそのすきに女へと駆け寄る。
「走るのは、無理そうだな」
「え、ええ。左足を負傷した」
俺は彼女に肩を貸して立たせる。
さて、逃げ切れるかな。
グランドドラゴンは未だ地に伏したまま。しかし死んでいるわけではない。
俺の魔眼は対象の命までは奪えない。あくまでも体調を著しく悪化させるだけ。そして、悪化した体調が回復する速度は対象のもつ自己回復力に依る。高位の魔物は自己回復能力が非常に高い。故に複数名のアタッカーで絶えずダメージを与えて倒すのが基本である。
「グゥウウアア」
倒れていたグランドドラゴンが巨体を持ち上げ始めている。
やはり回復が早い。
対象が人間であれば一日は寝込んだ状態になるんだがな。
逃げるにしても女を支えながらではそれほどの速度は出せない。逃げている途中で追いつかれるだろう。
となれば、ここで交戦する他ないか。
問題は俺の社畜眼は同一の対象に対してリキャストタイムが発生するということ。
連続使用は出来ない。
「光の御業をもって傷を癒やし給え。【ハイヒール】」
支えていた女が呪文を発し治癒魔法を発動させた。
治癒魔法か、羨ましいな、俺が使えない魔法だ。
「足は治ったようだね」
「ええ。けど、あまり魔力に余裕はないわ」
「風魔法で加速して走れるか?」
「出口まで持続させられるほどの魔力はないわ」
そうか、困ったな。それでは逃げ切れない。普通に走ってはグランドドラゴンに追いつかれる。俺が担いで逃げたとしても速度が落ちるから追いつかれる。
となればやはり戦わざるを得ない。
「あなた、魔眼持ちね?その魔眼でなんとからないないの?」
「ならないこともない、と思うがあれをあと2分くらい足止めすることができるか?」
「2分は長いわね、けど、やらないと私達ここで死ぬんでしょ、だったらやるわ」
女は挑むような目つきで立ち上がろうとしているグランドドラゴンを睨みつける。
「時間を稼ぐだけでいい。左右から挟んで的を集中させないようにしよう」
「了解!」
そう言って彼女はグランドドラゴンの右側へと走りだす。
俺も左側へと駆ける。
グランドドラゴンが完全に立ち上がった。
「行くわよ!!風斬剣!」
彼女が剣を振るうと風の刃が発生しグランドドラゴンを襲う。
グランドドラゴンはそれを手で軽々と払いのける。
グランドドラゴンが襲う前に俺は魔法を仕掛ける。
「ウォーターボール!」
呪文を飛ばし、魔法名のみ唱える。
技の威力は落ちるがその分魔法の発現にかかる時間は短縮される。
「グォオオ?」
大した威力はない。そもそも魔法で倒し切るつもりはない。
的を絞らせないこと。
それだけを考える。
グランドドラゴンがこちらを向く。
「ウォーターランス!」
俺は続けざまに魔法をグランドドラゴンの顔面に向かって放つ。
目くらましの効果くらいあってほしい。
グランドドラゴンはそれを屈んで避ける。
巨体にも関わらず動きは俊敏だ。厄介な相手だな。
グランドドラゴンが突進の構えを取る。
当たれば即死クラスだろう。
俺は風魔法で竜巻を発生させ空高く飛翔する。
俺が先程までいた空間にグランドドラゴンが突進を仕掛けていた。
あと一分くらいか。
グランドドラゴンが俺目掛けて口を開く。
そこへ女が再び風の刃をいくつも叩き込む。
グランドドラゴンの巨体が僅かに傾く。
自己回復能力が高いとはいえ、俺の魔眼の効果は完全には消えていないのか。
グランドドラゴンがよろめいた隙きに俺は地面へと降り立ち再び疾走。
グランドドラゴンの眼前を走り抜ける。
グランドドラゴンの意識が俺へと向く。
いくら治癒魔法で足を直したとはいえ、彼女は万全の状態とは言えない。であれば、できる限りグランドドラゴンの意識は俺に向けるべきだ。
グランドドラゴンが足を踏み鳴らす。
すると踏み鳴らした箇所を起点に地面が割れた。割れ目は俺の方へと向かってくる。
俺は慌ててサイドステップで避ける。ほとんど転がるような形だ。
そこへグランドドラゴンが突進を仕掛けてくる。
これは避けきれない。
少しでも威力を殺すべく魔法で障壁を張ろうとしたところで女が俺の前へ立つ。
「封魔結界!!」
グランドドラゴンの四方を取り囲むように光の柱が発生しグランドドラゴンを光の膜が覆う。
結界魔法か?実物を見るのは初めてだ。
「助かった」
「そう長くは持たないわよ」
女は汗を垂らしながら俺を見る。
「いや、もう十分だ」
2分経った。リキャストタイムは終わった。魔眼は既に発動可能だ。
「グオオオオオオオオオオオオオ」
グランドドラゴンが巨体を大きく震わせ突進を仕掛けてきた。
光の膜が破られる。
「来るわ」
ああ。来い。奴の目は今、俺を見ている。俺の目を見ている。
これ以上ない位置どり。
「魔眼発動」
俺の瞳から青い光が迸る。
直後グランドドラゴンの足はもつれひっくり返るようにして地面に倒れた。
目は白目を向き、口はだらしなく開いている。
「ふぅ……。これでしばらくは大丈夫だろう」
俺は片膝を付きつつグランドドラゴンから視線をそらさない。
完全に意識は刈り取っているな。
魔眼。社畜眼は重ねがけすることで効果が跳ね上がる。一発目では意識を保つことができたグランドドラゴンでも二発目ではしっかりと意識を刈り取ることに成功した。
しかし俺一人だったらリキャストタイムの間に殺されていただろう。
彼女がいたからこそなんとかなった相手だ。それもかなりぎりぎりだった。もう少しリキャストタイムが長引いていれば社畜眼は間に合わなかった。
そうなればグランドドラゴンの突進により俺と女は二人して殺されていただろう。
さて。
「とりあえず、ここから離れよう。次はそう簡単には起き上がって来ないと思うが油断はできないからね」
「ええ、そうね」
俺と女はフラフラの足取りでその場を後にした。