鳴動3―1
棚橋は通常の勤務を外され、三浦と行動を共にすることになった。最悪コンビの復活だ。
棚橋は今年36歳になるが、三浦はまだ30をいくらも越えてないはずだ。頭のてっぺんから爪先まで、ブランドものでビシッと決めたスタイルは見事に様になっていて、嫌みの一語に尽きる。
棚橋は徹底的に三浦の犠牲になって、出世街道を踏み外した。勿論現場の刑事に出世など限られた範囲にしかない。棚橋などとうに諦めている。
しかし、三浦は違う。三浦は色々な意味では官僚らしくない官僚だった。出世に汲々とした、事なかれ主義とは一線を画している。その犠牲になったのは棚橋だったのだが。
三浦はハンドルを握っている。いけ好かない三浦の唯一と言っていい特技は運転がうまいということだ。それは異常と言っていい。
棚橋は思い出した。昔、まだコンビを組んでいた頃、うつらうちつら居眠りをしながら、三浦の車で現場まで行ったことがあった。
しかし、いつまでたっても、車が動き出さないので、業を煮やした棚橋が眠気を蹴って目蓋を開くと、既に現場に着いていた。つまり、発車、停車、カーブと、一切揺れることなく、棚橋には車が動いている感覚が伝わらなかったのだ。棚橋は魔法に掛けられたように呆然として、三浦のドライビングテクニックに感嘆させられた。
その運転技術はいささかも衰えていない。棚橋にはあえて、口に出していうつもりもなかった。
「おい、渡してやれ」
「ハイ」
棚橋は助手席に座っている女性から1枚の紙切れを受け取った。三浦の秘書であろうか。車で移動中も一切紹介はなかった。
「犯行声明だ」
棚橋はざっと目を通した。稚拙な文字は犯人の知能指数を現しているのか不気味だった。
「内臓がなかったのか」
「ああ」
なるほど、三浦が呼ばれる訳だ。
「こっちの彼女もチームの一員だ。よろしくやってくれ」
「内村和美です」
棚橋は彼女の滑らかな頬が、見えると下腹部がぞくぞくっとした。
「やっちゃっていいのか?」
和美はびくんと反応した。三浦はそんな彼女を見て笑い出した。
「手強いぜ。彼女は。まあ、何とか交渉してやってくれ。ただ、無理にやろうとしたら、痛い目に遭うだろうな」
三浦は愉快そうに棚橋と和美を見比べた。
そして、ほどなく車は物々しい大量の警察官がいる、アパートの前で、振動一つせず停まった。
「ここは?」
「その声明文を出した奴の居場所だ」
三浦は気障な仕草で煙草をくわえた。
「お偉いさんは、こいつを掴まえて"チャンチャン"だと思ってやがる」
三浦は棚橋を見てニヤッと凄絶な笑みを浮かべた。
「これが始まりなのにな」