鳴動2
パチンコ屋はいつものように混んでいた。毎日のようにイベントを繰り返しながら、出血大サービスを謳っている。橋本哲也は、常にその言葉に騙されている。いや、厳密に言えば騙されている訳ではないのだが。
橋本は眉間に力を入れて、打ち出されるパチンコ玉を睨んだ。するとパチンコ玉は不規則な動きで吸い込まれるように、チェッカーに入った。
「こっから先は運なんだよな」
橋本の台は回転数が上がった。ほどなく液晶画面には777が揃った。
「今日は勝ちの日だな」
橋本はのんびりと煙草に火を点けた。定職を持たない橋本は日がなパチンコ屋で過ごす。ここ数年、殆どそんな生活だ。
店員の一人が橋本の台の不規則な出玉に気がついた。店員は一旦控え室に戻り、もう一人の店員を連れてくると、橋本の後ろに立った。
「お客様、少しよろしいでしょうか」
マズい。気付かなかった。橋本は舌打ちしたい気分だった。
「こちらの方へ、どうぞ」
言葉遣いは慇懃だったが、両側から挟むように脇に手を入れられて、無理矢理立たされた。暴力の予感に怯えた橋本は、しきりに、違うんです、違うんです、と繰り返したがとりつく島はなかった。
裏口から叩き出されると、唇の端が切れて、血の味がした。何度目かの苦い味だ。なぜ、俺の力はこんなにも弱いのだろう。これは超能力というのではないか。しかし、俺にはパチンコ玉を誘導する程度の力しかない。殴るあいつらを念力で投げ飛ばすことは出来ない。
自己嫌悪と共に歩き出すと、近くにあった電柱にもたれかかった。そうして、ポケットからシケモクを出すと口にくわえた。
垂れ下がった雲から霧雨が頬に触った。
「ついてねえな」
と呟くと、橋本はうらぶれた気持ちになった。
すると、突然、通りがかった少女が橋本の目の前に立ち塞がった。少女は橋本を軽蔑したように見下ろすと、吐き捨てるように言った。
「情けない。あなたは自分の力をそんなことにしか使わないの」
凛とした瞳は橋本の身を竦ませた。少女はあまりにも美しく、気高かった。彼女の頬に細かい水滴が纏わりついている。
「あたたにはもっと、やらなきゃいけない事があるの」
橋本は初めて見た美しい少女に気圧されながらも聞き返した。
「あんたは俺の能力を知ってるのか?」
「ええ」
間髪入れずに答えた少女の横顔を見て、橋本は胸を言い知れぬ不安が埋め尽くすような、嫌な感じがした。