萌芽5
官房長官が暗殺されたと言う一報が首相官邸にもたらされた後、情報は錯綜し、新聞社に届けられた犯行声明が明らかになることによって、その恐慌は内閣を席巻した。すぐさま、内閣総理大臣を頂点としたテロ対策本部が準備された。実行指示の全権は警視総監に一任された。
「検死報告は上がってきたのか?」
「はい、それが・・・」
「早く言え、時間を無駄にするな。テロとの戦いは一刻の猶予もないのだ」
「しかし、報告のしようがないのです。つまりテロ行為という以前に医学の枠を越えてしまっているのです」
「訳の分からんことを言うな」
警視総監は苛々と彼の話を聞いていた。どこへも行き着かない話を聞かされるのは、うんざりの一語に尽きた。
「端的に言って、なくなっていたんです」
とうとう警視総監の堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしろ。報告は分かり易く簡潔にだ。貴様の話はさっぱり分からん」「分かりました。ただ、私の正気を疑わないでください」
彼はテロ対策本部長に任命された、元々が官僚のホープであった。しかし、彼の額の汗は残念ながら、現状の認識に欠けた証左と見做されてしまっている。警視総監は彼の次の言葉を待った。
「なくなっていた。いや消えていたんです」
「だから何が消えていたんだ」
本部長はゴクリと唾を飲んだ。
「内臓です。内臓全てがなかったんです」「内蔵が?そんなバカな話があるか!」
「だから、言ったじゃないですか。私にだって理解不能何ですから」
「そんなことが・・・」
「それから、こちらが新聞社に送られてきた。犯行声明です。しかし、これは」
対策本部長は緊張の面持ちのまま、ビニールで厳重に覆われた1枚の紙切れを警視総監に渡して言った。
「実は、次の犯行予告でもあるんです。その部分は報道されてません」
警視総監は注意深く文面を読んだが、そこには稚拙な筆跡でこう書かれていた。
『これは終わりじゃないよ、始まりだよ、もっともっと死ぬんだよ。まずは官房長官の内臓をいただいたよ。次は誰にしようかな』
警視総監は青い顔になって、本部長に言った。
「三浦を呼べ」
「三浦を・・・ですか」
「こういうことは専門家に任せた方がいい」
警視総監は三浦の端正な横顔を思い出して、苦虫を噛み潰したような顔になった。また、あいつにいいように振り回される。そう思うと胃壁がきりきりと痛んでくるような気がした。