萌芽3
棚橋宏武はぼんやりとテレビに目をやっていた。
特に何を見てるという訳ではなく、ただ、網膜の運動としての視聴、それ以外には、言いようがなかった。他の刑事たちは既に出払っている。
今朝、政府の要人がテロリストに殺されるという、日本警察が一度も想定したことがない大事件が持ち上がった。しかし、状況は全く棚橋の耳には入ってこない。特別厳しい箝口令が引かれていることは、まず間違いない。
棚橋はデスクに肘を置いて、よれよれになった、シケモクに火を点けようとした。
「煙草はやめろ」
直属の上司である警部補が言った。
「煙草の前に署長室に行け」
「こないだの始末書は出したぞ」
「そんなことじゃない。とにかく黙って、俺の言う通りにしてろ」
棚橋を目の敵にしている警部補は忌々しげに、口の端を歪めた。
棚橋はこれ見よがしに、のろのろ動いて、警部補の怒りに火を点けた。「早く行け!そんなことだから、非常時にも役立たずなんだ」
「へいへい」
やはり今朝から、刑事が出払っているのはテロへの緊急配備なのだろう。こんな時に別の事件があったらどうする気なんだ。棚橋はそれと同時に、署長の用事について考えてみた。が、思い当たることは全くない。ま、官僚主義バリバリの署長の話など、適当に聞き流しておけばいい。
棚橋はノックもせず、無造作に部屋へ一歩入った。そしてそこには・・・棚橋が一番会いたくない奴が、署長室の机の上に腰をかけていた。
三浦勝巳はすらっとした足を組み替え、ニヤニヤ笑いながら、棚橋を眺めていた。高級品をそつなく身に着けて、またそれが様になる嫌な野郎だ。
「よ、元気だったか。貧乏刑事。しかしなあ、署長室に入る時くらいノックしろよ」
棚橋は拳銃を携帯していないことを、幸運に感じた。持っていたらこいつの頭を吹っ飛ばしていたところだ。
しかし、三浦は棚橋の忌々しい表情など、意に介さず
「おまえは今日から俺の部下だ」
と言った。
棚橋の元上司はニヤニヤ笑いを、顔に乗せたまま言った。そして、三浦は棚橋にとって最悪な一言を付け加えた。
「黄金コンビの復活だ」