萌芽2
「まあ、薬を飲んで様子を見ましょう」
次木清貴はほっとして、午前最後の診療を終えた。
「へぼ医者にしては、患者が多い日だったな」
「先生ったら」
ナース姿の横田藍は大仰に笑って見せた。
やっぱり力を落としている。
藍はそう思う。彼は根っからの医者だ。それも、すこぶる腕のいい。藍はもう次木とは6年来の知り合いだ。その間、日に日に白髪を増やし、肩を斜めにしていく、医師の姿を、胸を痛めながら眺めていた。
「ご飯買って来ましょうか」
「頼むよ」
「いつもので、いいですか?」
「ああ、のり弁当で頼むよ」
藍はこの30以上年の離れた老医師に恋心を抱いているのか、自分でも、判断できなかった。しかし、お互いに最早、離れる訳には行かない事情もあった。
その時、診療室の片隅に唐突に男が現れた。何もなかった場所から忽然と、湧き出して来たような男は、全身に擦過傷を貼り付け、足を引き摺ってよろよろと次木に歩み寄った。
「やぶ医者!」
男は不敵に笑いながら、次木の前で尊大に胸を張った。
「よう、やぶ医者、久しぶりだな」
次木は男を見てこれ以上ないくらいの嫌な顔をした。
「うんざりだな。何しに来た」
「ちょっと怪我をしたんでね。やぶ医者でもこれくらいなら直せるだろうと思ってな」
肩を大きく上下させた男は随分体が、痛めつけられている。次木は、更に嫌な顔を加速させて言った。
「しょうがないなあ。藍君、君は弁当を買ってきて」
藍は体をブルブル震わせて、さっきから自分を無視している男を睨みつけた。
「満、あんたは本当のバカね」
満は藍の方を一瞥すらしなかった。
「そうさ、俺はバカだ。こんな所に、のこのこ来ちまったんだから」
満は次木を睨みつけながら、血を吐くと、その場に崩れ落ちた。