集結3
北川洋子は自分の思索に揺れていた。殺された両親、そして、生き別れた妹。今の洋子には考えることで、手一杯だった。
精彩を欠いた生放送と、気の乗らない打ち合わせを終え、帰路に着く頃には洋子の体は性も根も尽き果てていた。
今日こそは両親に問い質さなくては、という思いは固まったまま、日々はただ、いたずらに過ぎ去って行った。
しかし、もう私も限界だ。平田との接見以来、警察からも内容の公開を求められ、そして、それを拒否している。いや、拒否したい訳ではない。報告すべき事実が見当たらないだけだ。自分に生き別れた妹がいる。そんなことが、警察の望んでいる情報なのだろうか。
そうした、便宜上における警察との対立において、洋子の局内での立場も微妙なものになりつつあった。番組のスポンサーから、既に番組を卒業させては、という声もちらほら上がっている聞いた。しかし、この生い立ちの問題を解決しないことには、心の鬱屈は消えはしない。
今日こそ、白黒はっきりさせなくては、と重い体を引き摺って、タクシーに乗り込む。洋子は行き先を運転手に告げながら、シートに体を預けた。
私の両親は・・・
洋子の父はある研究所の主任であったということを聞いたことがあったが、それがどの様なものであったのか、詳しく聞いたことはなかった。物心付いた頃には、嘱託という存在で家でのんびりしてることが多くなっていた父。そして、溺愛という言葉は父と母のために作られたのではないかというほど、洋子を愛してくれている。最近も憂鬱げな洋子に何かれとなく、気を使ってくれている。
私の本当の両親・・・
そんなこと一度も考えたことはない。一点の疑念もありはしない。勿論両親が自分の実の親ではなかったなどという話は世間にもあることなのだろう。しかし、その両親が殺されていた話など世間に、そう転がっているはずがない。
洋子は足を引き摺りながら、タクシーを下りると、その時、心は決まっていた。
両親に問い質すのは明日にしよう。私は今疲れ過ぎている。こんな時に正常な判断など下せない。
もう何回、自分に嘘を言い聞かせたのだろうか。欺瞞だと分かっている。先延ばしにしたところで、心に染みのように広がる黒い疑念は、日一日と大きくなって行くだけなのだが。
洋子は門扉を開けて家に入ろうとした。するとその時、家の扉が小さく開いていることに気が付いた。洋子は携帯を取り出し、時間を確認した。もう、二時を過ぎている。不用心だ。何かあったのだろうか。嫌な不安は急速に込み上げてくる。慎重に一歩一歩玄関に入って行くと、ムッとするような生臭さが鼻をついた。何が起こっているのか、脳裏に浮かべることすら出来ない。しかし、脳の奥底から急を告げる危険信号が大音量で鳴り始めている。入ってはいけない。一刻も早く、逃げ出さなくてはいけない。その心の声を聞きながらも、洋子は硬直した体を前へ前へと進めた。恐らくは、絶望へと。
両親の死体を死体だと認識することは、とても難しかった。それが人を成すどの部位なのか、外科医でも指摘することは困難だろう。一体いくつに千切られているのだろうか。しかし、洋子にはそれが両親の残骸であることは、床一面に広がった血の量で簡単に推測、いや断定出来た。
絶叫が洋子の口の端を引き裂いた。洋子は薄れゆく意識の中で、自分の喉から、これほどの声が出てくるとは想像も出来なかった。その瞬間、何かが脳の中ではじけ、新しい何かが、洋子を思考の奥底に押し込めた。
そして、陰惨な空気とはかけ離れた声が唐突に聞こえた。
「やっと現れたな」
洋子であったもの、は俊敏にその声の方向へ飛びかかった。
しかし、男、少年と言ってもいい年代だろう、彼は、いとも簡単に彼女の攻撃をかわした。猛獣のように獰猛な唸り声を上げる洋子に、人気ニュースキャスターの面影はなかった。
「覚醒したな。洋子」
男は愛おしい目で、洋子を眺めた。洋子は男を睨み付けだ。しかし、彼女の瞳には、知性の一欠片も残っていなかった。