鳴動4
「しかし面倒なことになった」
次木は目の前に倒れ込んでいる平山満を見下ろして、言った。
「傷を直すのは簡単なんだが・・・」
「本当に馬鹿ですね。この人」
藍の瞳にはうっすら貼りついた憂いがあった。
「どうしましょう?」
「ほっておく訳にも行くまい」
次木は椅子から下りて、倒れている平山満の傍らで膝を屈めた。そして、満の体に手を翳した。すると、見る見るうちに、傷口の癒着が始まった。次木の額からは滝のような汗が流れ落ちた。そうして、しばらく力を込めた後、ふっと力を抜いて、
「まあ、こんなもんだろう」
と言った。
次木は汗だくになって、椅子に戻ると肩で息をした。
「しかし、面倒なことになるだろうな」
「そうですね・・・」
藍は辛そうに満を見下ろしていた。満の体にあった擦過傷はあらかた良くなっている。藍はいつもながら、次木の治癒能力に舌を巻いた。「とりあえず、隣の部屋へ運んで寝かしておいてくれ」
「はい」
藍はたっぷり数秒間、満を見つめて、おもむろに膝を折ると、小物でも拾うように、軽々と満の胴体を抱え上げた。華奢で小柄な看護士にこれほどの力があるのだろうか。次木は哀しそうな顔で藍を見た。
「頼んだよ」
藍は満を肩に抱えると、そのまま、診察室を出た。
その後ろ姿を見送ると次木は椅子に深く腰を下ろして、ふーっとため息を漏らした。そうして、沈黙したまま思考を巡らせた。満がなぜ、再び次木の前に現れたのか、何かが動き始めている。胸騒ぎを感じた。そして、携帯電話を取り出すと、
「しかたあるまい。どうせすぐにばれることだ」
と自分に言い聞かせるように言った。
コールは2回なる前に出た。
「もしもし、三浦か」
携帯から出てきた声は緊迫の度を増していた。次木はまたしても自分がやっかいごとに手を出しているという嫌な自覚が胸をどす黒く押しつぶしていた。