1.フェリシア·アル·ネメシス
そこは、見たことのない天井だった。
「どこ、ここ。」
声も、知らない声だ。自分が発したものなのだろうか。
私は起き上がり、あたりを見渡す。
そこは、ヨーロッパのような、洋風の部屋で、どこもかしこも繊細でゴージャスなデザインの物ばかりだ。そして、あらゆる色と大きさの本だけが無数に散らばっている。椅子の上も机の上も、ベッドの足元付近までも本で塞がっている。
私はなぜか、床に仰向けで寝ていたらしい。
死んだ、と考えるにしても、呼吸や、手に触れている床の冷たさは生々しい。
それに、もし本当に死んだとしても、その瞬間の記憶が、ない。
確か、私は幸上璃都希という名前で、日本に住んでいる大学1年生だ。
ここに来る前の最後の記憶は、、
ズキッーー。
頭が、痛い。
記憶を思い出そうとすると、頭痛がしてしまうのだろうか。なら、やめておこう。痛いのは、嫌いだ。
仕方がない。思い出せないなら、今の状況を受け入れて、理解しよう。
肩から滑り落ちる長い髪は、くすみ、輝きの無い灰色だ。
ーーこれは、別の人の身体?
私は、その場で立ち上がった。
見渡す限り、鏡もない。これじゃ、今の自分の姿さえ確認できない。
更に辺りを見回すと、壁側の机の上に本が置いてあるのを見つけた。まるで、読んでくれと言っているように、その机には一冊だけある。
私は、どうにか歩き出し、机の前の椅子に座り、本と向き合う。
それにしても、やけに落ち着いている。
他人の身体だというのに、違和感がない。そんな自分が少し、怖くなってくる。
とりあえず、目の前の情報を得なくては。
本は、紺色の、厚くも薄くもない厚さで、辞書と同じ様な大きさだった。
開いてみると、1ページ目に短く書いてあった。
『私とあなたの名前は、フェリシア·アル·ネメシス。』
私の、この身体の名前のようだ。
やはり別の人間であり、日本人ではようだ。フェリシア、が名前なのだろうか。綺麗な名前だ。
それに、「私」は、前にしっかりと別の人格があったということなのだろう。
そして、次のページには、謝罪の言葉があった。
『ごめんなさい。あなたを、こんな世界に呼んでしまって。そして、どうか許してください。あなたをここに呼んだのは、私です。』
どういう意味だろうか。
“ここに呼んだ”それは、私をこの身体に入れたことだろうか。なら、もともと入っていたはずのこの本の“私”は、どこに行ってしまったのだろう。
更にページをめくる。
『私は、もうこの世界にはいません。あなたに全てを託したいのです。勝手なことだとは理解しています。ですが、あなたにしか出来ないことなのです。』
私にしか出来ないこと?
妙に引っかかる。
『まずは私についてお話しましょう。』
その後には、私がフェリシアの身体に入るまでの出来事や、フェリシア自身のこと、それを取り巻く環境や人々のこと、今の状況などを細かく、丁寧に記してあった。
そして、最後のページに、彼女の本当の目的であろう言葉があった。
それは、あまりにも簡単で、ありきたりな言葉だった。
『『どうか、この世界を救ってください。』』
これが、本来のフェリシア·アル·ネメシスの遺言であり、願いだ。
そして、これから私がすべき事、呼ばれた理由だ。