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冬童話2021 『さがしもの』

てんぐのくしゃみ

作者: 小畠愛子

「ぶぁっっくしょぉぉぉんっ!!」


 山の木々を根こそぎ倒してしまいそうな、とんでもなく大きなくしゃみがこだましていきました。ここはてんぐ山脈と呼ばれる、高い山々が連なる山地です。その頂上で、大てんぐは長い鼻をむずむずさせて、ぐったりとふとんにもぐりこんでいました。


「大てんぐ様、しっかりしてください!」


 手下であるカラスてんぐたちも、大てんぐの弱りように、みんな心配そうな顔です。大てんぐは、むずむずする鼻を指でこすりながら、ぼーっとした顔でため息をつきました。


「風邪ではないようじゃなぁ……。てんぐは風邪などそもそも引かないし、もし風邪だったとしても、こんなに長引くはずがない。それに熱も出ておらんし、寒気もせん。ただただ、鼻水がでて、くしゃみが……はっ、はぁっ、ふぁぁぁっくしょぉぉぉんっっ!!」


 大てんぐがまたしてもすさまじいくしゃみをして、そのくしゃみをもろに食らったカラスてんぐたちは、すごい勢いで吹き飛ばされていきました。そばにあった大木が、めちゃくちゃな風に耐え切れずに、ベキベキッとすごい音を立てて折れていきます。


「おぉ、なんと恐ろしい……。ですが大てんぐ様、とうとう見つけましたぞ!」


 へし折れた木のかげから、てんぐたちの中で最も賢い博士てんぐが顔を出したのです。大てんぐの顔がとたんにほころびました。


「おぉ、博士てんぐ、どうじゃったか? フクロウ森にある、我らてんぐの書庫には、なにかわしの症状について書かれておったか?」


 大てんぐが期待をこめて博士てんぐにたずねました。博士てんぐは苦々しげな顔で、大てんぐにうなずいたのです。


「はい。わたくしめは、大てんぐ様のご命令通り、フクロウ森の書庫でいろいろと文献を読みあさっておりました。しかしなかなか大てんぐ様のような症状は見つからず、こっそりと人間たちの町へ潜入し、人間たちの図書館でいろいろ本を読んできたのです」


 博士てんぐの言葉に、大てんぐはもちろん、ほかのカラスてんぐたちも次々「キィーッ」と怒ったような鳴き声をあげました。あまりの迫力に身をちぢめる博士てんぐに、大てんぐは怒りでギリギリ歯ぎしりしながらたずねたのです。


「……お前は、我らてんぐの知恵より、あのおろかな人間どもの知恵を頼ろうと思ったのか! なんたる不届き者よ!」

「おおお、お待ちください、大てんぐ様! 確かにわたくしは、人間たちの知恵を借りるなどという、恥知らずなことをしてしまいました。しかし、とうとう見つけたのでございます、人間たちの病気に、大てんぐ様とそっくりな症状があることを!」

「わしとそっくりな症状だと! お前はわしが、人間どもがかかるような、ちゃちな病にかかっているといいたいのか!」

「落ち着いてくださいませ! それにその病は、人間たちの話だと、とんでもなくつらく、そして長引くものだということです。下手をすると一生治らないとも……」


 博士てんぐにいわれて、大てんぐの赤ら顔からスーッと血の気が引いていきます。青い顔になる大てんぐをみて、他のカラスてんぐたちがギャーギャー騒ぎはじめました。


「こらっ、博士てんぐ、お前なんということを!」

「いくら我らてんぐの中で、一番頭がいいからといって、そのような口のききかたが許されると思っているのか!」

「大てんぐ様にあやまらんか!」


 しかし、博士てんぐも譲りません。カラスてんぐたちをにらみつけてから、とどろくような声でどなりかえしたのです。


「そのような意地を張っている場合か! 大てんぐ様のくしゃみで、我らのすむてんぐ山脈の木々が、どれほどへし折られるかわかっておるのか! このまま木がどんどん折れていけば、いずれここもはげ山となってしまい、それこそ人間たちに奪い取られてしまうぞ! ……それに大てんぐ様の苦しみようを、お前たちが知らぬわけではないだろう?」


 博士てんぐににらまれて、カラスてんぐたちは言葉を失いました。いつもはとんでもなく威厳のある大てんぐが、今では鼻をふんふん鳴らして、一日に何度も何度もくしゃみをするのです。誰もなにもいえないのを見て、博士てんぐはふぅっと小さくため息をつきました。


「だが、わたしは人間たちの本を読み、その症状について調べることができた。どうやら人間たちは、その症状を薬でおさえているらしい」

「人間たちの薬だと! そんなものを大てんぐ様に飲ませる気か!」

「もちろん最初は、このわたしが毒見をしよう。だが、それで大てんぐ様を救えるのなら、人間たちの薬でも使わねばならぬではないか!」


 博士てんぐに一喝されて、カラスてんぐたちはまたもや黙りこんでしまいました。博士てんぐはすぐに大てんぐに向きなおって、大てんぐが寝ているふとんのそばにひざまずいたのです。


「大てんぐ様、どうかわたしに、人間たちの町へ降りる許可をお出しいただけませんでしょうか? 人間たちの薬とやらを探して手に入れ、必ず大てんぐ様のもとへ持ち帰りますので」

「ふむ、そこまでいうのなら、そなたに任せよう。しかし、そのわしの症状とは、いったいなんなのじゃ? そこまで恐ろしい症状なのか?」

「ハッ、その症状とは……」




「花粉症のお薬をお探しですね?」


 人間に変装した博士てんぐは、人間たちの町のドラッグストアに来ていました。病院だと、いろいろ検査されて、人間ではないとバレてしまうと思い、博士てんぐは薬が買えるお店である、ドラッグストアを訪れていたのです。しかしながらその広いこと広いこと。さらに、薬だけでなく食べ物やら日用品やらまで置かれていて、博士てんぐは目が回っていたのでした。そこに店員さんに声をかけられたので、博士てんぐはどぎまぎしながらも、コクコクとうなずきました。


「そ、そうである。人間たちの……じゃない、その、花粉症だ。鼻が長くても効くような、花粉症の薬とやらはあるか?」

「鼻が長く? えーっと、はい、こちらのほうにございますよ。症状は重いですか?」

「あ、あぁ。くしゃみで木が折れたりするんだが……」

「えっ?」

「あ、いや、なんでもない。そうだ、かなりひどい。よく効くやつをくれないか」

「それならこちらをどうぞ。慣れないうちは飲むと眠くなりやすいので、お車を運転される場合などは気をつけてくださいね」

「空は飛んでも大丈夫か?」

「えっ?」

「いや、その、なんでもない。すまなかったな。ありがとう」


 レジに案内された博士てんぐは、人間たちが使うお金を店員さんに支払いました。このお金は、山に修行にくる山伏たちに、イノシシやキジの肉と交換にもらったお金でした。


「しかし、人間たちというのは、ずいぶんと便利な世界に住んでいるようだな。我らてんぐの世界とはまた違う面白さがありそうだ。だが、てんぐ山脈と比べて、なんと空気が悪いことだ。このままではわたしもくしゃみを……ハッ、ハッ、ふぁぁっくしょぉんんっ!」


 なんとか口を押さえたからよかったものの、博士てんぐのすさまじいくしゃみに、そばにいた人たちが突風にあおられたかのようによろけます。博士てんぐはあわてて、買ったばかりの薬を口にほうりこみ、いっしょに買っていた()()()()口の中に流しいれたのです。とたんに博士てんぐの目が大きく見開かれました。


「むぐぐっ、ぱ、パチパチするぞ! まさかこれは、あの店員、わたしがてんぐだと気がついて、毒入りの水でも渡したんじゃないだろうな? あぁ、恐ろしい、やはり人間は恐ろしいものだ! 早く山へ帰らないと」


 博士てんぐはほうぼうのていでてんぐ山脈へと逃げ帰るのでした。




 てんぐ山脈のふもとの町では、こだまのように響く、「ふぁぁぁっくしょぉぉぉんっっ!!」という騒音に悩まされることもなくなり、みんなずいぶんとよく眠れるようになったとのことでした。しかし、困ったことが一つありました。どこのドラッグストアに行っても、花粉症の薬が品薄になっていて、売り切れていることもあるのでした。ですが、もちろんそれがてんぐのしわざであるということは、誰も知らないのでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 木がぼっきぼっきいってしまうほどのクシャミ、どうにかできて良かったです。 私は花粉症ではないのですが、花粉症持ちの人達は毎年大変そうですよね~。 そういえば今年も魔の季節が近付いてきています…
[一言] なんと、花粉症とは! 幸いなことに私自身は大丈夫なのですが、ひどい人は本当に大変そうにしています。 山に住む天狗たちが発症すると、これはもう悲劇ですね。鼻が大きいとさらに倍増しそう。お気の毒…
[一言] さすがのてんぐさまも、◯◯◯には敵わなかったのですね。 そりゃあ山の中にお住まいですからね。花粉は浴び補題ですもの。樹齢何千年の◯の木とかあるのでしょうねえ(遠い目) 私は成人してから発症…
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