〜魂魄妖夢、一人前への一歩〜
登場人物紹介
西行寺幽々子 妖夢の主人であり、白玉楼の主人でもあ
る。人の死を左右する程度の能力を持
つ。
魂魄妖夢 半人半霊。幽々子の従者であり、白玉楼の剣
術指南役、庭師でもある。
死齶 妖夢の前に姿を現した悪霊のうちの一人。
とても気まぐれな性格で、自分が一度肉眼で見た事のあ
る武器を自由自在に形成する程度の能力を持つ。
とある冥界の屋敷、『白玉楼』そこに代々仕える半人半霊の家系『魂魄家』。今日も魂魄妖夢は、主人である西行寺幽々子の世話や庭の片付けで大忙しだ。
「ふう、ここを掃除したら庭掃除は終わりですね。」
妖夢は額の汗を手で拭うと、再び掃除に取り掛かった。
「妖夢〜、お疲れ様、ちょっと休憩しましょう?」
妖夢の主人・幽々子は、妖夢の事を気遣い、お茶と和菓子を持って来た。
「幽々子様、はい、分かりました。」
妖夢は幽々子の隣に座ると、一気に気が抜けた様にふうっと息を吐いた。
「いつもお疲れ様、たまには休んでも良いのよ?」
「いえ、幽々子様に仕えるのが私の仕事であり、生き甲斐でもありますから。」
妖夢は幽々子を心から慕っていた。その為、仕事などはあまり休んだ事が無かった。
「あらあら〜、嬉しいわねぇ。でもね、たまには休まないと体を壊しちゃうわ。私は妖夢の元気がない所を見るのが一番辛いのよ。」
「はあ、でも休むと言いましても、どうすれば良いのでしょうか?」
休んだ方が良いと言われても、特にやる事がない妖夢は結局掃除などを始めてしまうので、特に意味が無いのは目に見えている。
「そうねえ、それじゃあ人里にでも遊びに行って来たら?それと紫から聞いたのだけど、一昨日くらいから霊夢の所に外の世界から来たって言う男の子が居候しているそうよ?もし興味があれば会いに行ってみたら?」
「そうなんですか、色々提案してくださりありがとうございます。でも大丈夫なんです。人里に行っても心無い人には顔色が悪いと言われ気味悪がられますし、外の世界の事にも興味がありませんから。」
何を言っても聞かない妖夢に幽々子は少し困ってしまったが、それが嬉しくも思えた。自分をこんなにも慕ってくれる従者がいる。それだけで幽々子は幸せだった。
「あらそうなの?それなら、とりあえず人里にお使いを頼んでも良いかしら〜?」
「はい、良いですよ?何を買って来ればよろしいですか?」
「なんだかうなぎが食べたい気分なの〜。だから妖夢の分と私の分、よろしくね。」
急な依頼だったが、妖夢はこれを引き受けた。そして素早く支度を済ませると、人里に出かけて行った。
「うふふっ、妖夢ったら。」
幽々子は思わず笑いが溢れた....。
人里にて、妖夢は早速うなぎのお店を探した。出来れば人には聞きたく無かった妖夢は自力でうなぎのお店を見つけようと歩きまわった。そして二十分くらい歩いただろうか、ようやくうなぎのお店を見つける事が出来た。
「やっと見つけました。」
妖夢はそう言って中に入った。
「いらっしゃい!」
中にいたのはガタイの良い店主で、歳は五十代後半だろうか。
「すみません、うなぎを二匹お願いします。」
「うなぎかい?はいよ!それにしてもお嬢ちゃん、その背中の刀、見事な拵だのう!」
店主はうなぎの準備を進めながら、妖夢の刀の話題を振った。
「これは、先祖代々の刀なんです。おじさんは私の事、気味悪がったりしないんですか?」
「はっはっは!何を言い出すかと思えば!お嬢ちゃんみたいなべっぴんさん、中々会えないからむしろ嬉しいよ!」
妖夢はその返事に少し戸惑った。霊夢や魔理沙達は私の事は何とも言わない。しかし、人里の人にそう言われたのは初めてだった。
「こんな人もいるんだ....。」
妖夢がそう考えていたその時、背後から声が聞こえた。
「こんにちは!店長さん、昨日と同じ魚を二匹お願いします!」
新しい客だろうか、男性で歳は十代後半くらいだ。
「おお、昨日の兄ちゃん!はいよ!ちょっと待っててな!」
どうやら昨日も来ていたらしい。しかし、この男性から感じる気配。これは間違いなく『博麗の加護』だ。何故この男にそんなものが掛かっているのだろう。もしかして幽々子が言っていた霊夢の所に居候している男の子というのはこの人物だろうか。妖夢は話掛けようとしたが、人違いだと変な人だと思われてしまうと思った為、話掛けずに店を出ようとした。
「あ、お嬢ちゃん!」
「あ、はい。」
店主に呼び止められ妖夢は振り返った。
「お嬢ちゃん名前は何て言うんだい?」
「はい、魂魄妖夢です。」
「妖夢ちゃんか!良い名前だ!覚えておくよ!」
店主に名前を教えた妖夢は、もう一度一礼をすると、店を出た。しかし、さっきの後から来た客の男がこっちをチラチラ見てきたのが妖夢は気になった。やはり気味が悪いと思われていたのだろうか....。そんな事を考えていると、店の中の店主とさっきの男性の会話が少し聞こえて来た。
「あ、そうだ。おい兄ちゃん!」
「あ、はい。」
「さっき買ってる時妖夢ちゃんの事チラチラ見てただろ。」
「いや別に見てないですけど。」
「嘘つけ絶対見てたぞ。」
「もう、そんな事いいじゃないですか!早く魚下さいよ。」
妖夢はその会話については特に気にする事なく、帰路についた。もう大分薄暗くなっていた為、少し不気味ではあるが近道の森を通って行く事にした。
「やっぱり、薄暗い森は不気味ですね....。早く帰りましょう!」
妖夢が早足で駆け抜けようとしたその時だった。
木に止まっていた鳥達が一斉に飛び立ったのである。妖夢はびっくりしてその場によろけた。そして木の上に気配を感じ、すぐに見上げると、木の枝に人が立っていた。
「何者ですか!?」
妖夢は問いかけたがしばらく返事がない。しかし、
「ああ?お前....人間か?いや、幽霊の気配もするな。それと、人に名前を聞くときには自分から名乗るのが筋だろうがよ。」
その人影は低い男性の声で妖夢に返答した。
「私は魂魄妖夢です。貴方、普通の人間ではないですね?」
「はっ!そうだよ。俺は『死齶』だ。人間や妖怪共からは悪霊なんて呼ばれてるな。」
悪霊。怖いものが苦手な妖夢は、その言葉を聞いた瞬間に逃げ出したくなった。しかし、ここで逃げればいつまで経っても半人前のままだ。妖夢は持ち帰る荷物を全て地面に置き、背中の刀『楼観剣』を抜くと、すぐに構えた。
「悪霊、貴方達の事は聞いたことがあります!人間を襲い、魂を喰らい成長する化け物。生かしては置けません!!」
妖夢がそう言うと、それを聞いた死齶は鼻で笑った。
「ふんっ、俺達はそもそも死んでるっての。じゃなきゃ悪霊なんて呼ばれ方しねえよ!それに妖夢って言ったっけ?お前手が震えてるじゃねえか。そんなんで悪霊倒すとかほざいてんじゃねえよ。」
死齶は木の上から見下しながらそう言った。
「うるさい!この楼観剣に斬れない物などあまりない!!お前も降りて来て戦え!」
すると死齶は片手で頭を押さえ、ため息を吐いた。
「はぁ、俺今日戦う気ゼロなんだけど....。お暇しちゃダメな奴か?これ。」
「ダメだ!戦いなさい!!」
それを聞いた死齶は再びため息を吐いた。
「わーったようるせえな。ちょっとだけだぞ〜。」
死齶は面倒臭そうに木から飛び降りると、手の間に空間を作り、武器を形成し出した。妖夢は身構えた。そして死齶が形成した武器は、恐ろしい刀....ではなく、縁日のモグラ叩きなどでお馴染みのピコピコハンマーだった。
「さ、やるぞ?」
「....。」
「どうした?来ねえのか?なら俺は帰る....。」
「ナメるなああああっ!!」
死齶が帰ろうと背を向けた瞬間、妖夢は物凄いスピードで斬りかかった。しかし、それをすんなり回避した死齶がピコピコハンマーで妖夢の腹部を叩いた次の瞬間。
「がはっ!?」
妖夢は三十メートル程吹き飛ばされ、気絶した。
「はあ、おいおい弱すぎだろ。ったくよ〜めんどくせぇったらありゃしねえ。気絶してたら荷物盗まれちまうぞ〜。」
死齶は妖夢の荷物を気絶している妖夢の横に置き、怪我の具合を確認して応急処置をすると、森の奥深くへと去っていった。
数十分後、妖夢は目を覚ました。妖夢は自分の状況に少し混乱したが、すぐに立ち上がった。
「あの悪霊、どうして....。いえ、それよりも今は早く白玉楼に帰らないと....。」
妖夢はどこへ消えたのかも分からない死齶を追うよりも、幽々子の元へ一刻も早く帰るべきだと判断した。そして、再び白玉楼に向かって歩き始める。
「はあ、やっと着きました....。」
そしてやっとの思いで白玉楼に辿り着くことができた妖夢は一気に気が抜け、その場に座り込んだ。
「妖夢!どうしたの?随分と遅かったけど。」
妖夢が帰った事に気づいた幽々子が、心配そうに走って来た。
「幽々子様、申し訳ありません。ちょっと色々ありまして....その、大丈夫です。」
「でも怪我してるじゃない!痛くない?すぐに手当てしてあげるから!」
「いえ、少し転んでしまって....。本当に大丈夫ですから。」
すると幽々子は、妖夢を抱きしめた。それはとても暖かく、心地の良い物だった。
「幽々子...様?」
「ごめんね....。私がお使いを頼んだばっかりに....。」
「いいんです....私、幽々子の事、大好きですから。まだまだ半人前ですけど....頑張りま....。」
「妖夢?」
妖夢は安心したのかそのまま眠ってしまった。
「ふふっ、本当に可愛いわね....。」
幽々子はそう言うと、妖夢を布団まで運んだ。
「お疲れ様。うなぎは明日二人で、ね?」
妖夢の寝顔を見守る幽々子。それは主人としてだけでなく、いつか一人前になり、こちらを向いて笑う妖夢の姿を見るために....。
外伝 第一話〜魂魄妖夢、一人前への一歩〜 完