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第七話 貸与される服

 賑やかな市場を過ぎて曲がりくねった道の先、裏通りへと向かう。細い路地は朝の光が届かないのか、薄暗くて胡散臭い。酔った男が道の脇で眠っていたり、こちらを値踏みするように見る男たちがいて、何か物が腐ったような、すえた臭いが微かに漂う。

 

「……あの……どのくらいで着きますか?」

 今まで感じたことの無い危険な雰囲気の中、震えそうな脚を奮い立たせながら歩く。

「ああ、もう少しだ。……怖いのか?」

「い、いえ…………ちょっと」

 正直に言えば怖い。視線を感じて顔を向けると窓の隙間から覗く目が見えて、心臓がぎゅっと掴まれたような恐怖を感じる。


「いいか、叫ぶなよ?」

 念押ししたクレイグの大きな左手が私の肩を包んで抱き寄せる。怖さとは別の驚きで鼓動が跳ねる。


「ク、クレイグ?」

「何だ?」

「ど、どうして肩を?」

「こうすれば、震えなくてすむだろ?」

 自分では気が付かなかったけれど、私は震えていたらしい。温かなクレイグに寄り添うようにして歩き出す。奇妙な安心感と胸の鼓動が止まらない。これでは親密な関係のよう。


「女一人で来ると危ないからな」

「ええ。よくわかります」

 絶対に一人で入ってはいけない場所だと空気でわかる。クレイグにとっては親密でも何でもなく、単に私が震えていたから親切心で支えてくれているだけなのか。ちょっぴり残念という気持ちに、何かを期待しては駄目だと言い聞かせる。


 たどり着いたのは、赤茶けたレンガにツタがびっしりと覆う古ぼけた木の扉の店。クレイグが扉を開けようとして、がちりと鍵がかかっている音がする。


「……そうか。早すぎたか」

「まだ朝の時間ですからね」

 魔道具という怪しい品を扱う店が朝から開いている訳がない。半ば勝手な理由を付けて納得する。昼過ぎにはいつも開いているというので、時間を潰すことにした。


 来た道を戻り、市場とは別の方向へと歩き出す。

「どこへ行くのですか?」

「ああ、俺の抱き枕用の包み(カバー)を買いに」

 何を言うのかと、クレイグの口を手でふさぐ。


「ですから、外でその言葉をいわないでください!」

 恥ずかしい。誰かが聞いてはいなかったかと辺りを見回しても、行き交う人々は特に気に留めることもなく、歩いている。

「お前が慌てなければ、誰にもわからないぞ」

 クレイグが意地悪な笑顔で笑う。私をからかう為にワザと言ったに違いない。これは反応してはいけなかった。


 話しながら到着したのは仕立て屋。扉を開けて店内に入ると、子供用から男性用、女性用と様々な服が服掛け(ハンガー)に吊るされている。


「注文だけじゃなく、既製品も扱ってる店だ。何でも好きなの選んでいいぞ」

「え?」

 服を買うといえば、採寸して縫ってもらうのが常識なのに、標準的な体型向けに作られた服がすぐに買えるらしい。新しい服の匂いに心ときめく。


「でも……」

 値札は無くても上質な服は高い物と決まっている。ワンピース一枚で私の一月分か二月分の給金が飛ぶ。

「俺の抱き枕カバーだから気にするな」

「だから、その言葉を言わないで下さい!」

 注意を促す為、睨みつけてみてもクレイグの笑顔は変わらない。


「朝、着替えが必要だろ? 何着か選んどけよ」

 成程。クレイグの部屋での着替えなら、王子妃候補選びの三カ月の期間限定ということか。クレイグにとっては、古城での暇つぶしの愛玩動物か何かのつもりなのかもしれない。騎士の遊びは全く理解不能と思い至って遠慮が吹っ切れた。


「じゃ、遠慮なく選ばせて頂きます」

 三カ月後に返すと思えば気が楽になった。上質な服は中古品でも高く売れるはず。店員に採寸をされ、着用できる寸法の服をいろいろと見せられる。


 好きな服を選ぶ。そんな贅沢ができる日が来るとは思わなかった。歪みのない大きな鏡の前で体に当ててみる。どれもこれも素敵で迷う。試着もできるというので、何着も試着させてもらった。


「馬に乗るには、どんな服がいいんだ?」

「そうですね。この倍くらいの裾幅が必要です」

 試着していたスカートの裾を手で広げて示してみる。馬にまたがっても脚を見せない為には、たっぷりとした布が必要だろう。布の量が多いと高くなるし重くなる。現実的ではない。


「そっちの淡い色はどうだ?」

「汚れてしまいますよ」

 淡い色の服は汚れが目立つ。侍女として遠慮なく働く為には濃い色の服が一番。


「とりあえず着てみろよ」

 クレイグに勧められるまま、私は淡い青緑色の服に袖を通した。 

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