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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第五十五話 命がけの仕事

 令嬢の侍女に休みを取らせる為の交代要員として、王城から侍女が五名、古城へ派遣されてきた。見た瞬間に反射的に背筋を伸ばしてしまうような厳しい年上の女性たちばかりで、近くを通りがかるだけで緊張してしまう。


 揃いの黒のワンピースは床までの長さ、きっちりと結い上げた茶色の髪は一本の乱れもなく香油で撫でつけられていて、黙って控えている姿は彫像のようで怖い。いつも侍女を怒鳴りつけている令嬢も、この侍女には何も言えずに大人しい。


 順番に休みが取れるということで、侍女がまとう空気が軽く明るくなった。侍女と騎士のお見合いも頻繁に行われるようになっている。


 格段に良くなった朝食を食べ、使用人食堂から出た所でベリンダに声を掛けられた。今日は深緑色のワンピース。胸元は深く開いていて唇が赤く艶めいている。

「メイ、おっはよー」

「おはようございます。ベリンダ」

「もー、挨拶が硬いわねー。ま、それはいいとして。今日の夜、騎士サマと食事に行くんだけど、どう? 人数合わないのよ」


「申し訳ありません。明日は休みではありませんので参加はできません」

 あまりにも唐突すぎることと、軽い誘いに驚いてしまう。迷うことなく断ってしまった。

「あ、そうなの? 休みの前の日なら空いてる?」

「いえ……その……」

「何、もうすでに、相手が決まってるとか?」

 目を輝かせるベリンダのからかいに、顔が熱くなっていく。冷静にならなければと思えば思う程、熱い。


「もー、何なの、顔赤くしちゃって可愛いわねー。ま、それなら仕方ないわ。お相手と仲良くねー!」

 笑いながら、ベリンダは去っていった。きっと他の女性に声を掛けるのだろう。


 以前のように出会いが欲しいとは思わない。夜にはいつもクレイグがそばにいることが恥ずかしくて嬉しい。抱き枕のままでもいいから一緒にいたいと思っても、この温かな夜は終わりが近づいている。


 少しずつ作っている石けんが部屋の隅に積み上がっている。最終日までに完成させるとすると、そろそろ石けんから香水の製作に移らないと。残された夜を数えながら、私は塔へと歩き始めた。


      ◆


 ゴドフリーは数日に一度、お嬢様にお菓子を届けに来る。お嬢様は嫌な顔を一切せずに、微笑みながら受け取っている。後ろで控える私は、むかつきを抑えるのに必死。


「今日は柑橘のケーキですね」

 部屋に戻ってお嬢様の前で慎重に箱を開く。惚れ薬以外の物が仕掛けられてはいないかと緊張しながらの作業を、お嬢様が苦笑しながら見守っている。


「今回も?」

「はい。間違いありません」

 この惚れ薬は加熱すると成分が飛んでしまう。だから、焼いて冷ました後にしか仕込めない。


「替わりのケーキは、こちらです」

 別の箱に入っていたケーキを皿に乗せて、お嬢様に出す。これはクレイグが買ってきてくれたチーズケーキだし、念の為に検査も済ませている。

「メイ、私はケーキがなくてもいいのよ? ……体調が悪いふりをしなければならないかしら?」


「いいえ。必要ありません。全然効いていないと思わせた方が良いと思います。薬を入れても効かない体質だと思われれば、諦めるでしょう」

「それもそうね。ありがとう、メイ」


 王子からは何の説明もなく、私の苛立ちは募るばかり。ゴドフリーがお嬢様を保護したいと思うのなら、惚れ薬ではなく違う形にして欲しい。とはいえ、私はゴドフリーにお嬢様を渡すつもりは一切ない。お嬢様を預けることができるとすれば、姿を隠して護衛をしている優しい魔法使いだけだと思う。


      ◆


 伯爵家以下の令嬢と王子のお茶会が行われた日の夕方、古城の中で騒ぎが起こった。騎士や従僕たちが慌ただしく走り回り、令嬢と侍女は部屋で待機するようにと指示を受けた。


 お嬢様は慌てる私を落ち着かせ、すぐに移動できるようにと服を着替え小さな鞄に荷物を詰めていく。移動の用意ができても、外の騒ぎはなかなか鎮まらない。お茶にしようというお嬢様の提案に驚きつつ、他に何もすることがないと言われれば、そうかと納得する。


 騒ぎが収まり、夜になって待機の解除が告げられた。

「侵入者がありましたが、取り押さえましたのでご安心下さいとのことです」

 告げに来たのは、王城から派遣された侍女。感情が読めない表情は、こういう緊急時に強いと思う。


「お知らせ下さりありがとうございます。安心致しました」

 優雅にお茶を飲んでいたお嬢様の姿を見て、侍女は一瞬だけ驚愕の表情を浮かべた。私一人だったなら、部屋に鍵を掛けて震えながら隠れているしかなかっただろう。


「メイ、今夜は遅くまでありがとう」

 いつもと変わらない笑顔に見送られて、私はお嬢様の部屋を後にした。


      ◆


 クレイグが戻ってきたのは深夜のことだった。上着を脱ごうとしないので疑問に思う。

「クレイグ? 上着を脱がないのですか?」

「……あー、えーっと」

 頬を指でかきながら立ち尽くすだけのクレイグに近づいた瞬間、真新しい血の匂いが鼻をつく。


「クレイグ? 怪我をしているのですか?」

「かすり傷だから、心配すんな。血は止まってる」

 上着とシャツのボタンを開くと、左の鎖骨の下から右胸にかけて浅い切り傷が出来ていた。すでに血は止まっていて軟膏の匂いがする。服は着替えてきたのか、血の匂いは下げている剣と剣帯から匂う。


「痛くありませんか? 痛み止めは?」

「この程度の痛みなら薬は必要ないな。それより気分が落ち着く茶を淹れてくれないか?」

「はい。すぐに」

 引き出しに用意していた数種類の花茶を混ぜて、お湯を注ぐ。精神を安定させる香りを持つお茶と、傷の治りを促すお茶を混ぜると、赤紫色の花茶になる。

 

 上着を投げ捨てカウチに音を立てて座ったクレイグは、ぐったりと背もたれに寄り掛かり、手渡した花茶を一気に飲み干す。もう一杯と求められて、二杯目を用意した。

「怪我の理由を聞いてもいいですか?」

「……誰にも言うなよ。……王子が刺客に狙われた」

 クレイグの言葉に衝撃を受けた。側近や大勢の騎士が護っているのに、そんなことがあり得るのだろうか。


「夕方の騒ぎはそれですか? 間諜がいても狙われるのですか?」

「……間諜一班の五人が殺されていた。その五人に成りすましていた者が今回の犯人だ。基本的に間諜は班ごとに分かれていて、お互いの名前も顔も知らない。ただ、合図だけで間諜仲間であることを判別する。俺たち騎士は、限られた間諜しか顔を知らない。……一班全部が入れ替わられると、気が付くのは難しいな」

 深い溜息と同時に立ち上がり、棚の酒瓶を取ろうとした手を止める。


「お酒は駄目です。傷からまた出血するかもしれません」

「……そうか。そうだな」

 今まで見たこともない疲れた表情で、クレイグはカウチに座り直す。


「でも……どうして王子が狙われるのですか?」

「王子に万が一のことがあれば、残りは王女しかいない。この国初の女王に、王配として近隣国の王子か公爵家子息を迎え入れることになる」

「それでは……」

 外国か公爵家の刺客なのか。


「おっと、その先は口にするな。お前は何も知らない方がいい」

 その口ぶりにむかついた。座るクレイグに屈み込んで、傷の端を指先で軽くつねる。


「いてっ! おい、酷いな!」

「酷いのはクレイグの方です。女だからと言って馬鹿にしないで下さい」

 傷が開かない程度に手加減はした。クレイグの顔を覗き込みながら、その目をまっすぐに見据えて抗議する。


「あー、言い方が悪かったな。それは認める。……下手に知ると、さらに知りたくなるだろ? この件は本気で命の危険がある。身を護る術がないお前が深く知るのは危ないってことだ」

「もう知ってしまいました」

 一度聞いてしまったことを忘れることはできない。王子の命が狙われているなんて、とんでもないことだと思う。


「それは本当にすまん。あー、その、何だ……剣を使った直後で気分がぐらぐらしてるんだ」

 クレイグが右手で顔の半分を覆って、熱い溜息を吐く。

「気分がぐらぐら? 大丈夫ですか?」

 手で熱を測ろうとすると、クレイグは自分の手で額を覆ってしまう。


「待ってくれ。我慢の限界が…………今の俺は疲れて正常な判断力が無くなりかけてる。だから、何を口走っても忘れてくれ」

 剣を使うということは、とても疲れることなのか。どこか視線が落ち着かないのも、それが理由なのだろう。騎士というのは、命がけの大変な仕事なのだと痛感する。大きな怪我でなくて本当に良かった。


「わかりました。先程の話は忘れることにします」

「すまん」

 浴室へと入ったクレイグは、いつもよりも長い時間シャワーを浴び続けていた。

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