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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第四十五話 王子に似た青年

 店の中は、甘い焼き菓子の匂いが充満していた。焼きたてなのか部屋の空気が温かい。ガラスで囲まれた棚の中には、先日お茶会で見た菓子が並んでいる。


「いらっしゃーい。ああ、クレイグか。今、ゴドフリーが……は? お、女ぁ!?」

 店の奥から出てきたのは、柔らかそうな茶色の長い髪を後ろで縛った茶色の瞳の二十歳前後の青年。白いシャツに黒いズボン、腰には白いエプロンを巻いている。


 どこかで見た顔だと考えて、王子にそっくりだと気が付いた。髪を切れば、完全な双子と言ってもいい。


「ゴドフリー様には表で会った。おい、驚き過ぎだろ」

 クレイグが苦笑しても、青年は口を開けて固まったまま。クレイグが女性連れなのは、そんなに珍しいことなのだろうかとちらりと考えて、ほんのりとした優越感に浸ってしまう。


「女なんて必要ないって、あれだけ言ってたのにねー。ふぅん」

 からかうような青年の言葉に、クレイグが苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。


「昔の話だ。……今日は菓子を買いに来た」

「昔っていうけどさー、ほんの一月前も言ってたよねー」

 にやにや。青年の笑顔は、何故か猫が笑っているような印象。女なんて必要ないから抱き枕なのかもと気が付いて、気分が暗くなる。


 そうか。本気で私は抱き枕でしかないのかもしれない。


「ちょ。お姉さん、何でそんな暗い顔すんの。好きな菓子をあげるから機嫌直してよ」

「い、いえ。買わせて頂きます」

「そんなこと言わずにさー」

 すっと近づいてきた青年が、私の手を握ろうとしてクレイグに阻止された。


「おや、嫉妬? こんなクレイグ見たことないから、おもしろい……」

 にやにやと笑っていた青年が、突然真顔になって、店の奥へと駆け込んでいった。何があったのかとクレイグと顔を見合わせる。


「うぁあああああ!」

 青年の叫びが店に響き渡る。慌ててクレイグと一緒に店の奥へと入ると、頭を抱えた青年が窯の前で固まっていた。


「おい、シリル、どうした?」

「失敗した……」

 大きな窯の中には、四角い型に入った生地がいくつも焼かれている。とても甘くて美味しそうな匂いで、失敗したとは思えない。


「五種類のチーズを入れるつもりだったのに、四種類しか入れてなかった……」

「だから、体が覚えるまでは紙に書いとけって、いつも言ってるだろ?」

 クレイグが苦笑する。


「そんなこと言ったってさー。めんどくさいしー」

 どうやらシリルは、若いのに物忘れがひどいらしい。新しいお菓子の製法についての閃きも、紙に書いておかないとすぐに忘れてしまうと、壁には覚え書きが書かれた紙が至る所に貼ってある。


「あー、作り直すかー」

 大きな溜息。チーズ入りのケーキは、チーズが大好きな貴族からの注文品。納品が十日後と聞いて驚く。

「とても日持ちするのですね」

「しっかり火を通してあるし、日持ちさせる秘伝の方法があるんだ。沢山あるから持って帰ってよ、味は保証するよ」


 いつも失敗すると自分で食べているとシリルはいう。数日間同じケーキを食べるのは相当つらいことだと思う。窯から出された型は六つで、一つが私の顔くらいある。


 シリルが慣れた手つきで熱い型からケーキを出して、網の上に載せていく。漂うチーズの匂いで気が付いた。

「本当に四種類しか入っていないのですね」

「え? やっぱわかる? もしかしてチーズ愛好家?」


「大好きではありませんが、チーズは好きです。匂いでわかります」

「ちょっと、黙って納品しようかなって考えてた僕の浅はかさを笑ってよ」

 シリルが胸に手を当てて、空を仰ぐ。お芝居がかった仕草が楽しい人。アラステアと似た雰囲気を感じるけれど、アラステアが悲劇ならシリルは喜劇が似合うと思う。


 一口味見をすると、上品な甘さと滑らかな舌触りでとても美味しい。

「これなら酒にもあいそうだな。古城の騎士仲間への土産にしよう」

「全部買ってくれるの? やったー!」

 喜ぶシリルからチーズケーキを買い、クッキーや小さな焼き菓子を買った私たちは、甘い荷物をたくさん抱えて店を出た。

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