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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第四十四話 紫リンゴと血の匂い

 今日の市場も人通りが多い。平民と貴族らしき服装の人々が行き交う光景は、他の町では見られない。普通、貴族が自ら市場に入ってくることはない。


「こら。余所見するなよ」

 横を見ていて人波にのまれそうになった私の肩を、クレイグが抱き寄せる。

「あ、そ、その……」

 胸の鼓動が早くなるのは仕方ないと思う。手を繋ぎたいと思っていたのに、一足飛びに肩を抱かれていて密着する腕が熱い。


 クレイグは市場の奥へと進んでいく。

「貴族向けの菓子店なのに、大通りではないのですか?」

「ちょっと変わった職人でな。王子のお気に入りなんだ」

 迷路のような通路を歩き、古ぼけたレンガ造りの店へとたどり着いた。


「ここだ」

 地味な店と口を滑らせそうになって、慌てて口を閉じる。そもそも、窓も看板もないから店だとわからない。扉の中から甘いお菓子の匂いがするだけ。


 店に入ろうとした所で、扉が開いた。出てきたのは茶色い髪に青い瞳の女性のような顔立ちの男性。垂れた目尻にほくろが印象的。紺色の詰襟の上着は、王子の側近と同じ意匠(デザイン)


「おや、クレイグ君。久しぶりだね」

 微笑むとさらに目元が柔らかくなって美人に見える。それでもクレイグよりも年上の雰囲気を漂わせている。

「お久しぶりです。ゴドフリー様」

 クレイグが、騎士の口調に変化した。私の肩から手が離れていくのは仕方がないと思いつつも寂しい。


「これはこれは、クレイグ君にもようやく春が来たというところかな?」

「そ、それは……」

 言葉に詰まったクレイグが耳を赤くしている。初めて見る横顔が可愛らしくて、私の頬にも熱が集まっていく。


「野暮な詮索はやめておくよ。また、今度会った時に話を聞こう」

 クレイグに対してくすりと笑ったゴドフリーは、私にも笑いかけて、紙袋を抱え直してすれ違う。焼き菓子の匂いと、まとう香りが鼻をくすぐり、私は驚きを隠せずに振り向いてゴドフリーの背を目で追った。


「……まいったな。……どうした?」

 頭をかいて見送っていたクレイグが、私の動揺に気が付いた。

「……今の方は?」

「王子の側近のゴドフリー様だ。王城でいろいろ世話になってる」


「側近というのは、いつも荒事があるのですか?」

 ゴドフリーがまとっていたのは、紫リンゴの果実と花を使った女性が好むような香り。紫リンゴ特有のわずかな鉄臭さの中、血の匂いが混ざっていた。


「時々な。でもゴドフリー様は荒事とは無関係だぞ? 何があった?」

「……血の匂いがしました」

「血? 怪我をしてるっていうのか?」

「いえ。そうではなく……」

 初めてかいだ匂いに戸惑う。古い血と新しい血を混ぜたような、禍々しい匂いとしか表現できない。


「……まぁ、長年王子の側近を務めていらっしゃるからな。側近は皆、王子の盾になる覚悟をお持ちだ。怪我もあるだろうし、時には手を汚すこともある。……俺も匂うか?」

「いいえ。……気のせいかもしれません。紫リンゴの匂いがそう感じただけかも」

 一瞬すれ違っただけの匂いだし、何か周囲の匂いと混じった偶然がそう感じさせたのかもしれない。


「そうか。あの匂いは紫リンゴか。女みたいな匂いだって騎士も兵士も言ってるぞ」

「そうですね。あの香りは女性向けだと思います」

 爽やかで瑞々しい果実と甘い花が、華やかに香る調合。濃い色のドレスが似合うだろう。


「ゴドフリー様が女だったら、凄まじい争奪戦になるだろうな」

 何を想像しているのか、クレイグが噴き出す。ちょっとムカついてしまうのは仕方ないと思う。


「クレイグにそんな趣味があるとは思いませんでした」

「あ、こらこら。誤解して拗ねるなよ。俺はきっと争奪戦をにやにやしながら見てるだけだ」

 クレイグの手が私の肩を優しく叩く。まるで子供をあやすような手つきでも、ちょっと嬉しい。


「そんなに人気のある方なのですか?」

「ああ。誰にでも優しくて面倒見はいいし……そうだな。お前の姫さんの男版だな」

「そう言われると私も興味が沸いてきました」


「……ゴドフリー様が好みなのか?」

「いいえ。お嬢様が男性だったら、あんな感じになるのかと思っただけです」

 それなら、きっと良い人に違いないと断言できる。


 そうして私たちは、菓子店の扉を開けた。

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