第四十三話 最強の護衛
昼食は平たく薄く焼かれたパンに、自分の好きな具材を挟んで食べる料理だった。
「変わった料理だな。パンにジャガイモか。主食に主食じゃないのか?」
「そうですね。……あ、ジャガイモに、いろいろ混ざっています」
潰したジャガイモに、細かく刻んだ野菜や塩漬け肉が混ぜられている。少しだけ口にすると、舌触りは滑らかで、ほんの少し酸味のある調味料がすべての味をまとめ上げている。
「胡椒が効いて美味いな」
クレイグはその味を気に入ったのか、パンにたっぷり乗せて口にしている。
「魚もありますよ」
今日は塩漬け魚。揚げてあるのでサクサクとした歯ごたえが楽しい。ふと目にした花茶の色を見て、お嬢様が好きな花茶だと気づく。
「……お嬢様は大丈夫でしょうか……」
「あー。心配するな。実はマイルズの他に護衛がついた」
「他に?」
「ああ。王子の側近だ。お前も知ってる……あー、いや、その、なんだ、この前、俺の部屋の近くで会っただろ?」
先日見た、夜の色の男性のことだろうか。
「あの紺色の長い髪の方ですか?」
「そうそう。この国最強の護衛だ」
「最強? 騎士よりも強いのですか?」
騎士よりも細身の方だったように思う。体格の良いクレイグの方が強そうだ。
「……誰にも言うなよ?」
「はい。もちろん」
「平時なら俺でも勝てる。ただし抜剣されたら、この国で敵う人間はいない」
「剣をお持ちではなかったですよね?」
剣帯はしていたように思う。そこに剣が下がっていなかったから違和感を覚えた。
「魔法剣を体内に持ってるんだ。一度抜剣したら敵を殲滅するまで止まらない」
「……魔法剣? 恐ろしい方なのですね……」
まるで物語に出てくる魔法使い。この国にはいないと思っていたのに、王族の側近として存在していたのか。
昔から、力の強い魔法使いの機嫌を損ねると国を滅ぼされてしまうと言われていて、絶対に名前を呼んではいけない魔法使いが世界には数名いる。クレイグが側近の名前を口にしないのも、そういう理由があるのだろう。
魔法剣が使えるということは、魔力があるということ。ちりりと嫉妬にも似た感情で胸の奥が痛む。昔は魔力がほんの少しでも欲しいと思っていた。魔力があれば、私は――。
魔法使いに対する瞬間の嫉妬は、クレイグの笑顔を見て霧散した。……そう、私にはもう関係が無いこと。
「普段はそうでもない。あの顔のまま、王子と一緒にウサギを愛でる姿は微笑ましいぞ。見てるこっちは笑いをこらえるのが大変だ」
冷静な表情のままでウサギを愛でるというのが、全く想像ができなくて混乱する。
「というわけで、姫さんの心配はしなくていい」
「その方が、ずっと護って下さるのですか?」
「ああ。そうらしい」
少し安心した。恐ろしい魔法使いだとしても、ウサギを愛でるような方なら大丈夫だろう。
「ほら、これも美味いぞ」
クレイグがパンの上に蒸された塩漬け魚を乗せ、溶けたチーズを掛けてくれた。
「きっとトマトが合いますね」
輪切りの焼きトマトを挟んで食べるとさらに美味しい。クレイグにも同じ物を勧める。
安心した私は、お腹をいっぱいにして、料理店を出た。
◆
店を出たクレイグは、市場の方へと歩く。先程から手が何度もぶつかる。そのたびに、先日手を繋がれたことを思い出して、胸がどきりとしてしまう。
「今日はどこにいくのですか?」
「宝石やら帽子やらに興味はあるか?」
「全然」
侍女がお嬢様より着飾る必要はないし、興味は全くない。
「そうだろうな。という訳で菓子屋に行く。お前の姫さんにも買って帰ろう」
「はい! 今日は私もお財布を持ってきました。マイルズには負けません」
注意されたのに、マイルズは毎日お嬢様にお菓子を手渡している。
「あー、あいつなー。どうも女子供には菓子だって信じててなー。変な物は絶対に入ってないって言い張ってるんだ」
「大きな物はお嬢様が食事を取れなくなるって言ったら止めて下さいましたが、小さな飴や焼き菓子になっただけです」
実は密かにお嬢様が甘いお菓子を喜んでいるから、完全に駄目とは言えない。
この国の貴族は茶色い砂糖を異常に嫌っている。甘い調味料といえば、熟した果実や蜂蜜、樹木や蔓草からとれる甘露が主で、お茶会に茶色い砂糖が置かれていたとしても、誰も使うことはない。
一方で平民は過剰なくらいに茶色の砂糖を使う。お茶には溶けない量の砂糖を入れて飲むのが人気で、お菓子もとても甘い物が多い。
貴族が平民が好む甘い菓子を食べているというのは、外聞がよくない。場合によっては蔑まれてしまう行為なので、絶対に知られてはいけない。
「先日頂いた茶会の菓子は上品な甘さで美味しかったので、似た物がいいのですが」
「ああ。だから貴族向けの菓子屋に行く」
「え? えーっと、高いのではないですか?」
アラステアの店のような値段なら、私には到底買えない。
「そこまで高くないから安心しろ。それに、俺は抱き枕に金を使わせる気はないからな」
「だから、その言葉を外で言わないで下さい!」
私は、クレイグの腕をぺちりと叩いて抗議した。




