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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第三十七話 花の選別

 人気のない東屋で、今日も二人で本を開く。

「今日は楽しそうね。メイ」

「えっ。あ、は、はい。……良い夢を見ました」

「それは素敵なことね」

 優しく微笑むお嬢様には、夢の内容は絶対に話せない。


 とんでもない夢だったと思う。故郷によく似た、どこまでも広がる草原の中でクレイグが優しく額に口づけしてくれる夢。……実際は抱き枕扱いで、そんなことは起こりそうにない。


 クレイグのことが好き……なのだと思う。かっこよくて、少し意地悪で、何より優しい。


 最初の出会いが違っていればと何度も繰り返してしまう。悔いても仕方ないと思っても、『面白い抱き枕』から印象を変えるには、本当にどうしたらいいのかわからない。


 とはいえ誘惑する勇気もないし、誘惑に絶対に成功する方法も思いつかない。失敗したら一緒にいられなくなるかもと思うと、もう頭は混乱するだけ。


「今度は溜息?」

 くすりとお嬢様が笑って、大きな溜息を吐いてしまったことに気が付いた。

「あ! も、申し訳ありません!」

「いいのよ。でも、もしも何か心配事があったら教えてね。一緒に考えることはできるから」

 女神のように優しいお嬢様に、自分が何を悩んでいたかなんて絶対に口にはできなかった。


      ◆


 夜に使用人食堂へ行くと食事が改善していた。スープが全く違う。干し肉の量が増やされていて、肉のうまみが野菜にも染込んでいる。チーズと焼いた肉を挟んだパン、野菜入りの卵焼きパイ、小さなリンゴが木皿に載っている。


 ちらりと厨房を見ると若い女性が増えていた。私よりも少し年下の女性が十名はいる。増え過ぎと思っても、古城に滞在している人数を考えれば、まだまだ少ない気がする。


 遥かに美味しくなった料理を食べながら、胸がちくちくと痛む。騎士とお見合いする為に呼ばれた女性たちは、平凡で行き遅れ気味の私よりも若くて美人が多い。


 もしもクレイグが誰かを見初めたら、抱き枕も終わりだろう。もう二度と一緒に出掛けることもできなくなるし、ベッドで眠ることもない。


 その前になんとか頼まれた物を作っておこうと、私は急いで食事を済ませた。


      ◆


 クレイグの部屋に入ると、壁際の机の上の蒸留装置に白い布が掛けられていた。掃除の際に汚れないようにと掛けられたのだろう。


 今日は花の下準備がある。シャワーを済ませ、真新しい夜着に着替えてトゥーリクの花がいっぱい詰まった箱を開ける。

「良い匂い……」

 新緑のような爽やかさと、ほのかに柑橘系の甘さのある香り。胸いっぱいに吸い込んでも吸い込んでも足りない。もっと吸い込みたいと思う。この花からどんな香油が取れるのか、とても楽しみ。花の種類によっては、香りの抽出方法で匂いが全く異なることもあるから複数の方法で試したい。


 木箱の前に椅子を移動させて、左右と膝の上にカゴを置く。まずは花を一輪持ち、金属のヘラで軽く傷をつけて置いておく。作業性が良いのは金属でも、金気を嫌う花は多い。もしも傷口から変色してしまうようなら、ガラスのヘラに替える必要がある。


「えーっと、これは傷がない。これはちょっと傷。これは完璧……」

 待ち時間に砂糖菓子のような白い花を一つずつ確認して、傷のあるなしで分けつつゴミや葉っぱがついていないか調べる。


 大きな木箱一杯のトゥーリクの花の選別と掃除が終わった。左右のカゴには白い花がいっぱい。膝の上のカゴには木の葉や違う種類の花。両腕を上げて軽く背を伸ばした時、人の気配に気が付いた。


 振り返るとガウンを着たクレイグがテーブルで頬杖をついている。

「え!? ク、クレイグ!? お、お帰りなさいっ!」

 ガウンを着ているということは、シャワーを浴びたということ。どうしよう。全然気が付かなかった。


「ただいま」

「も、も、申し訳ありません!」

「結構楽しんでたからいいぞ。いつ気が付いてくれるのかと、一人で賭けをしてた」

「賭け……ですか?」

「ああ。花の選別が終わるまで気が付かないっていうのに賭けたから、俺の勝ち」

 クレイグの声は完全に笑っている。


 寝る時間だと言われて花に布を掛け、慌てて手を洗ってからクレイグが待つベッドに潜り込む。

「……良い匂いだよな」

「はい。とても良い匂いです」

 手は洗っても、長時間花を触っていたからまだ匂いが残っている。クレイグにとって不快な匂いでなくて良かった。


「おやすみ」

「おやすみなさい」

 トゥーリクの花とクレイグの匂い。幸せを感じる香りに包まれて、私は目を閉じた。

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