第三十五話 王子の贈り物
令嬢たちに王子から贈り物が届いたと連絡を受け、お嬢様と私は古城の大広間へと向かっていた。
すでに二十名近くの令嬢が集まっていて、中央に置かれた大小の白い箱を取り囲んでいる。箱は色とりどりのリボンで封がされて華やか。侍女は壁際に整列していて、他の従僕や使用人は一人もいない。
お嬢様に正式な挨拶をし、話し掛けてきたのは図書室でいつも書き物をしているローウェス伯爵家のアシュリー嬢。茶色の髪と瞳で、知的な印象を受ける。
「急な呼び出しは迷惑なものですわね。王子の気まぐれは本当に困りますわ」
その表情と口調から察すると、どうやら王子妃候補にはなりたくないらしい。
「あの……不躾な質問で申し訳ありませんが、いつも図書室で何をお書きになっているかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
お嬢様は格下の令嬢にも丁寧。聞いた途端にアシュリー嬢の表情が生き生きとしたものに変化した。
「わたくし、いくつも物語を書いておりますの。物語の中なら、この堅苦しい身分を捨てて自由に生きる事ができますでしょう?」
「それは素敵なことですね。もしよろしければ、読ませて頂けないでしょうか」
「そ、それは……あくまでわたくしの物語で……」
「それは残念です。きっと他の皆様も、アシュリー様のように自由に生きる夢をお持ちですわ。自由に生きる物語をお読みになりたいとお考えの方もいらっしゃるでしょう。本にしてみてはいかがかしら」
「……そうですわね……少し考えてみたいと思います」
アシュリー嬢は何かを考え込んで無言になってしまった。お嬢様は軽く会釈して、そっと離れる。
しばらくして、他の侯爵家の令嬢と公爵家の令嬢が姿を見せた。全員が揃った所で、今回の責任者である先代の宰相が前に立つ。
「こちらはハロルド王子より、皆様への贈り物です。私が扉から退出しましたら、どれでもお好きな物をお選びくださって結構ですが、お一人につきお一つだけです。他の方に譲ることは許されません。誰も見てはおりませんが、それだけは必ずお守り下さいますように」
その発表で令嬢たちがざわつく。箱は大小さまざまで、大人が入れそうな物から、テーブルに置かれた小さな物。明らかに中身が違う。
公爵家の令嬢から順番かと思えば、合図で一斉にということで、令嬢たちが箱を持ち上げたり振ったりして品定めし始めた。お嬢様は困ったように微笑んで立ち尽くす。
合図を前に令嬢たちが狙う箱の周りに並ぶ。公爵家の令嬢が大きな箱の前に立つと、さっと他の箱へと移動していくのは見ていて滑稽でも笑えない。
「それでは、皆様がお選びになった頃を見計らって戻ってまいります」
宰相が扉から出て行くと同時に、少女たちが贈り物を奪い合う。控えめに言っても怖い。貴族はもっと上品だと考えていたのに、これでは平民の少女と大差ない。令嬢と侍女しか大広間に居なくても間諜が隠れている可能性もある。この状況も審査に入っているとは考え付かないのだろうか。
大き目の箱の所有者が次々と決まり、その後小さな箱の所有者が決まっていく。
最後に残ったのは、床に落ちた一番小さな箱だけ。お嬢様はその箱を拾い上げ、そっと金茶色のリボンの汚れを払い落した。
贈り物の所有者がすべて決まり、熱くなった空気が冷えた頃に宰相が戻って来た。
「お待たせ致しました。では、どうぞ中身をご確認下さい」
一斉にリボンが解かれる音が響き、すぐに歓声が沸き上がる。
「素敵! ドレスだわ!」
公爵家の令嬢が開けた一番大きな箱には青いドレスが入っていた。透ける布を重ねた最新の意匠が美しい。
「こちらの方も素敵ですわ」
羽根の付いた帽子や扇、高価なレースのショール。小さな宝石の耳飾り。箱の大きさに合わせた贈り物を手にして令嬢たちが喜ぶ。
「シルヴィア様、貴女の箱には一体、何が入っていらっしゃったの?」
青いドレスを手にした公爵家令嬢がお嬢様に問いかけると、その場が静まり返った。痛い程の静けさの中、お嬢様は動じない。
「王子のお言葉が入っていました。『貴女と領民の幸せを願う』と」
お嬢様の箱には一枚のカードだけ。周囲の令嬢たちが、明らかに自分の贈物の方が価値があると誇らしげな表情へと変わる。
互いが受け取った贈り物を見せ合い、褒め合う令嬢たちを置いて、私たちはそっと大広間から抜け出した。
◆
お嬢様は図書室に戻らず、そのまま裏庭へと向かって歩いていた。
「贈り物が王子の言葉だけなんて……残念です」
「そうでもなさそうよ」
「え?」
楽し気に笑うお嬢様から手渡されたカードには、獅子の紋章が描かれていて、王子の言葉が書かれているだけ。
「獅子の顔の下、小さな星が書かれているでしょう?」
「あ! インクの跳ねかと思いました。これに何か意味があるのですか?」
「私はあると思うの。もしも意味が無くても、暇つぶしになるわ」
「この古城を囲む壁は、恐らく後から作られた物なの。構造的には、壁が無くても十分、城として機能する。建設された当時は平和だったけれど、後々危険を感じるようになって高い壁を増築するしかなかったということかしらね。……ほら、昔の城の壁の中央に、それぞれ動物の紋章が刻まれているでしょう?」
裏庭を歩きながらお嬢様が指さした場所には、竜の紋章が壁に彫られている。何度も散歩をしているのに私は草花に注意を向けていて、全く気が付かなかった。
灰色の髪のクレイグと淡茶色の髪の騎士が歩いてきた。恭しく騎士の挨拶をした後、口を開く。
「騎士マイルズと申します。何かお探しでしょうか」
「ええ。獅子の紋章を。確かもう少し先、泉の前にあったと記憶しています」
微笑むお嬢様の言葉を聞いて、クレイグとマイルズが顔を見合わせる。
「我々も同行することをお許し頂けますか」
「許可します」
騎士二人が加わり四人で歩いて行く。時折、クレイグが目配せをするので、反応してしまわないように俯いて耐える。口元が緩みそうになって仕方ない。クレイグは、本当に意地悪だと思う。
「東には獅子、西に鷲、南には狼、北には竜。四方をそれぞれが護っているのね」
お嬢様の記憶通り泉の前の壁に獅子の紋章が彫られていた。その下には、最近穴を掘って埋め戻したと思われる跡が残っている。
「お許し頂けるなら、我々が掘り返します」
「お願いします」
クレイグとマイルズが、近くに立て掛けられていた枝を使って掘り返すと、地中から小さな木の箱が出てきた。
箱の中には封筒。お嬢様が封を開け、中に入っていた紙を広げる。装飾的で複雑な文字が書かれた書類は、私には全く読むこともできない。
「素敵! 領地の一年分の免税証よ!」
お嬢様が喜びの声を上げた。
「何ですか?」
ドレスでもなく宝飾品でもなく紙一枚の贈り物。何故そんなに嬉しいのかよくわからない。
「今年は税を納めなくても良いと書かれているの! これで備蓄ができる!」
飛び上がって喜んだお嬢様が、私に抱き着いてきた。ふわりとした柔らかさと、お嬢様が好む甘くて爽やかな香りに包まれる。
「よ、良かったですね。お嬢様」
「ええ、とっても嬉しいわ!」
笑顔で私に抱き着くお嬢様を、クレイグもマイルズも苦笑しながら見守っていた。




