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第三話 古城の裏庭

 お嬢様に割り当てられた部屋は塔の上にある。侍女の控室は塔の二階。軽く化粧を施せば、いつもの私に戻る。


 深く呼吸をして、緊張を解く。この呼吸法は一族に昔から伝わるもの。体からすべての悪い物が出て行く光景を想像しながら、呼吸を繰り返す。


「よし。今日も一日がんばろう!」

 気合を入れて、私は塔の階段を上がっていった。


      ◆


 塔の最上階の部屋に入室すると、すでに化粧も終えて完全に身支度を整えたお嬢様がソファに座って花茶を飲んでいた。


 茶色の髪はきっちりと結われていて髪飾りのリボンが揺れる。こげ茶色の大きな瞳が可愛らしい。私よりも年上なのに十七歳と詐称していても全く問題ない。薄茶色のワンピースに茶色のリボンがあしらわれ、甘いお菓子のような印象を受ける。


「おはようございます。遅くなりまして申し訳ございません」

「メイ、おはよう。遅くないわ。いつもより早いのではないかしら? ……どうしたの? 顔が赤いわ。熱でもあるの?」

 私の顔を見たお嬢様が慌てて駆け寄ってきた。


「いえ。あの……」

 額に触れてもいいかと聞かれて頷く。お嬢様の細い指は、ペンの使い過ぎであちこちが硬い。この小さな手で、傾いていた侯爵家を救ってくれた。


「熱は無いようね。……今日はメイのお休みにしましょう。私は図書室で本を読みます」

「でも……」

「大丈夫。私が自分のことは何でも出来るのは知っているでしょう? 食事は大食堂へ行くし、平気よ」

 そういって微笑んだお嬢様は、私に休みを取らせた。


 急に休みと言われても、何をすればいいのかわからない。控室のベッドに座ってみても、眠くもなければ疲れてもいない。気のせいか、とても体がすっきりとしている。


「……裏庭でも散歩しようかな」

 古城の裏庭には珍しい草花が茂っている。誰も手入れしていないようだから、少しくらい摘んでもバレないだろうと、私は塔の外へと向かった。


      ◆

 

 古城は長く放置されていたらしく、最低限の使用人で管理していたせいか、裏庭の手入れは全くされていない。広い城の中、誰にも会わずに散歩ができて快適な場所でもある。外へと続く扉を見つけたのも散歩の途中の偶然だった。


「うわー! 良い匂いー!」

 裏庭にも関わらず、様々な花が咲いている。一見地味な花でも、その微かな匂いは豊かでかぐわしい。白い小さな花を折り取って、その匂いを胸いっぱいに吸い込む。


「何をしているのですか」

 突然声を掛けられて飛び上がった。振り返るとクレイグの姿。早朝の出来事を思い出して頬が熱くなっていく。薬代の為とはいえ、抱き枕になることを了承してしまった私はどうかしている。でも、金銭で払えるかと言えば、無理としか言えない。


「……花、ですか?」

「あ! ……はい。えーっと、禁止されている行為なのでしょうか?」

 クレイグは先程着用していた騎士服ではなく、生成色のシャツに淡い茶色の上着を羽織り、焦げ茶色のズボンとブーツという平民と変わらない服装なのに精悍さは変わらない。


「いえ。王城庭園ならいざ知らず、半ば打ち捨てられていた古城の雑草に何の価値もないでしょう」

「そんなことないです! この花の匂いをかいでみて下さい! 他にも良い匂いの花や草ばかりです!」

 クレイグの目の前に白い花を突き出すと、目を丸くされてしまった。ついつい熱くなってしまったと引こうとした手を握られて、クレイグが花の匂いをかぐ。


「あ、あ、あのっ! 変なこと言ってすいませんっ!」

 お嬢様とは全く異なる硬くて大きな手の感触に、鼓動が跳ね上がる。


「確かに良い匂いですね。この花を摘んでどうするつもりだったのです?」

「……乾燥させて屋敷に持ち帰ろうかと……あの……花や草を乾燥させて、油や酒精(アルコール)に漬けて香りを集め、香油や石けんを作ることが趣味なのです」


「ああ、貴女から香るのは、自作の香油だったのですか。ここでは行わないのですか?」

「道具は置いてきましたから」

 

「もし可能なら、私にも石けんを作っていただけませんか?」

「え?」

「ここで用意されている石けんの匂いが気に入らないのです。道具は私が用意します。今日は休みなので、何を買えばいいか教えて下さい」


「お休みですか?」

「休みの前日でなければ、酒は飲みませんよ」

 クレイグが静かに苦笑する。朝、騎士服に着替えていたのは、私を塔まで送り届ける為だったのだろうか。


「あ、あの……私もお休みを頂いていて……」

「それは丁度良い。一緒に町まで買い物に出ましょう」


「え? 侍女は外に出てはいけないのでは?」

「無断で出ることが禁止されているのです。私が同行すれば問題ありません」

 有無を言わせない迫力を秘めた笑顔のクレイグに、私は頷くしかなかった。

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