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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十六話 令嬢の朝食

 塔の控室へと戻って窓を開け、部屋を整える。令嬢の部屋は下女が掃除することになっていても、侍女の部屋は自分で掃除する必要がある。普通の侍女は掃除をすることがないから、きっと苦労しているだろう。


 この王子妃候補選びの期間、令嬢には侍女が一人しかつかない。各家から一番有能な侍女が付いているのだろうと思っていたのに、意外とそうでもないらしい。令嬢の機嫌を取るのが上手いだけの侍女もいて、まだ十日も経っていないのにやつれていたりする。


 三カ月間、何の試験もないと聞いている。それでもあちこちで騎士が警備を行い、間諜が様子を伺っているのは暗黙の了解。誰が審査員なのかは知らされていない。


 塔の控室は、元々貴族出身の侍女の為だったせいなのか、とても快適な設えが揃っている。白く塗られた壁、簡素ながらしっかりとした書き物机や棚、クローゼットが用意されていて、上質でも古い物ばかりの侯爵家よりも快適かもしれない。


 小さな窓の前にある洗面台にぬるま湯を溜めて手巾(ハンカチ)や下着を洗っていると朝の二つ目の鐘が鳴り、日が昇り始めた。明るくなっていく空を見ながらの洗濯は、気分が良い。水ではなく、お湯が気軽に使えることも恵まれている。


 お嬢様はご自分で洗ってしまわれるので、私は自分の下着を洗うだけ。室内干し用の棒を壁に掛けて、絞った洗濯物を干す。窓を少し開けておけば夜には乾いているだろう。


 服は数日に一度洗う。古城にも洗濯専門の使用人がいて洗濯室が存在していても、初回に頼んだ洗濯物が他人の物と入れ替わっていたので、シーツや枕カバー、テーブルクロス等、入れ替わっても平気な物か、誰のものかはっきりとしているドレスしか頼めない。


 魔法石を使った卓上焜炉でお湯を沸かし、花茶を淹れる。蒸らしている間に氷スミレの砂糖漬けの瓶を開け、その香りを楽しむ。食べるのは何か特別な時にしようと思う。こうして爽やかな甘さの香りを感じるだけで気分が華やぐ。


 ゆっくりとお茶を飲み、そろそろかと立ち上がる。昨日、少し早めに部屋に行ってしまったから、今日は少し遅めに行った方がいいだろう。


      ◆


 塔の階段を上り、お嬢様の部屋の扉を開く。今日もお嬢様の支度は完璧に整っていた。異世界では、自分一人で身支度を整えることが当たり前で、誰かの手を借りることは苦手だといつも辞退されてしまう。


 私が早く来ると、お嬢様はもっと早く支度を終えてしまう。それならば、少し遅くなったくらいがお嬢様に気を使わせなくて済む。


「メイ、おはよう。体調はどう?」

「ご心配下さり、ありがとうございます。体調はとても良いです」

「それは良かったわ。もし、休みを取りたいと思ったら、いつでも言ってね」

 笑顔のお嬢様に、では九日後とは口に出来なかった。二、三日経ってから次の休みをお願いしよう。


「朝食をお持ちしましょうか」

「いいえ。食堂へと伺うわ。ここにいてくれていいわよ」

「今日は同行させて下さい。お願いします」

 何とか仕事をしなければ。侍女として着いてきた意味がない。私の必死さが伝わったのか、同行を許された。


 令嬢用の食堂は使用人用の食堂とは全く異なっていて、朝から夜まで何時でも利用することができる。事前に希望すれば深夜でも可能。扉の前には従僕が立ち、令嬢が扉に手を掛ける必要はない。


 天井や壁には華やかな花の絵が描かれ、柱は金が塗られている。白く輝く石の床には、チリ一つ落ちてはいない。従僕に案内されたテーブルには真っ白な布が掛けられ、美しい彫刻が施された飴色の椅子の座席と背には赤い布が張られている。


 従僕が椅子を引き、お嬢様が席に着くと料理がすぐに運ばれてきた。侍女の仕事としては、毒見の薬を使っての簡易検査が定番。けれどもお嬢様は検査を好まない。

「いいのよ。私の命を狙っても意味がないわ」

 そう言って食事の祈りを捧げて、食べ始めてしまう。


 貴族の朝食は薬膳粥が定番でも古城では作る者がいないのか、肉が入ったスープとパン、チーズを掛けて焼いた干し魚と卵、茹でた葉野菜というメニュー。野菜はお嬢様の希望でつけられている。


 朝食を食べにくる令嬢は、お嬢様以外にいないのかもしれない。広い広い部屋の中、たった独りでの食事は料理が豪華でもどこか寂しい。


 ゆっくりと時間を掛けて食事を終えたお嬢様が立ち上がると、給仕や従僕が並んで見送る。

「とても美味しいお料理をありがとうございました」

 微笑みながら会釈するお嬢様は、とても可愛らしい。騎士だけでなく、きっと従僕たちにも人気なのだろうと私は誇らしく思った。

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