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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十五話 古城の朝食

 温もりの中で目が覚めた。何故と考えながら、頬を寄せると誰かの寝息。

「っ!」

 がばりと跳ね起きると、腰に巻き付いていた重くて硬い腕が、腿の上に落ちる。


 枕元の魔法灯(ランプ)を付けるとクレイグの寝顔が見えた。どきりとしても、自分が本当に抱き枕だったという衝撃を思い出して冷静になるしかない。


 端整な顔立ちなのに、力の抜けた表情はどこか可愛いと思う。恋人なら、ここで口付けて起こす場面だろう。抱き枕の私には無縁の話。


 腿に乗った腕を押しのけて、更衣室で服を着替える。上品な紺色のワンピースは、腕もしっかりと上げられて仕立てが良い。脱いだ夜着は畳んでおく。自分で洗うかどうか迷ったけれど、これはクレイグのもの。それでも下着だけは自分で洗おうと布に包む。


 髪を整えて更衣室から出ても、クレイグはまだ眠っている。時間はまだ夜明け前。からんと軽やかな朝の一つ目の鐘の音が鳴った。軽い音は使用人に起床の時間を知らせている。


 騎士がいつ起きるのかはわからない。仕事に向かうと言った方がいいだろうと眠るクレイグに近づく。

「クレイ……!」

 声を掛けると腕が伸びてきて、ベッドの中に引きずり込まれた。突然のことに抵抗もできずに硬直する。抱きしめられて頬ずりをされると、もうどうしたらいいのかわからない。まさしく抱き枕。私は抱き枕だと再確認。


「んー。……あ?」

 青い瞳が大きく見開かれた。

「……えーっと。……悪い、寝ぼけてた」

「だ、大丈夫です」

 抱き枕ですから。という言葉は流石に口にはできない。ベッドから解放されて立ち上がって、軽く服を整える。シワになる前で良かった。


「朝の一つ目の鐘が鳴りました。お嬢様のお世話に戻ります」

「ああ」

「騎士はいつからお仕事ですか?」

「朝の三つ目の鐘までに出ればいい」

 それは日が完全に上った後だから、まだまだ時間がある。


「それは……早くに起こしてしまって申し訳ありません」

「いや。着替えて飯食ったら、そのくらいになるだろう」

 いくら騎士でも、そんなに時間はかからないだろう。クレイグは本当に優しい。


「仕事が終わるのはいつだ?」

「お嬢様の夕食が終わる時です」

 他の侍女たちと違って、私の侍女としての仕事は夕方には終わってしまう。

「早いな。俺の仕事は夜終わりだから、待ち合わせは難しいか。ここへの通路は覚えてるか?」

「はい」


「じゃ、先にベッドを温めて待っていてくれ」

「そ、その言葉は何か誤解を生みそうですよ」


「俺の抱き枕だろ?」

「……わかりました。火傷するくらいに温めておきます」

 クレイグの意地悪な笑顔を見ていたら、もうどうでもよくなってきた。私はただの抱き枕。


 ベッドの中から手を振るクレイグに見送られて、私は客室を後にした。


      ◆


 使用人用の通路を抜けて、裏庭に出ると朝の冷たい空気に触れる。木の一つに手を置いて目を閉じると、木の呼吸を感じることができる。昨日の色々な経験は、本当に夢のようだった。しっかりと思い出せるように、木の感触と結び付けていく。こうしておけば、忘れそうになっても木に触れると思い出すことができるだろう。


 たどり着いた使用人用の食堂では、従僕や下働きの人々が慌ただしく朝食を取っていた。常に誰かが待機している貴族用の大食堂と違って、使用人がこの時間を逃すと夜まで食事はできない。


 台に積まれた木の器と皿を持ち、行列へと並ぶ。初日にこの光景を見た時には驚いたものだった。侯爵家よりも待遇は酷い。


 柄杓で器にスープが注がれ、皿には大きなパンが二つ乗せられる。パンは貴族が食べている物と同じだから味は良い。ただ、焼かれて二日や三日後に供されるので、時折カビが生えていることもある。


 多くの人々が無言で食事をしては、席を立って出て行く。空いた席に座って器をテーブルに置く。

『女神様、今日もお恵み下さりありがとうございます』

 心の中で唱えながら、手を組んで行う食事の祈りは欠かせない。


 野菜が入ったスープは、昨晩食べたスープと比べるまでもなく旨味が薄い。贅沢は言わない、せめて侯爵家と同じ程度の食事が欲しい。


 目の前に座っていた男性と入れ替わったのは、私より年上の侍女らしき女性。同じように祈りをしてから食事を始める。


「おはようございます。今日は良いお天気ですね」

 笑顔で挨拶をしても無視をされてしまった。寂しくても仕方がないと思う。誰もが仕えるお嬢様が王子妃候補になることを祈っている。王子妃の侍女になれば、平民出身でも待遇が全く変わり、家名が与えられる。女性の地位が低いこの国の平民女性としては最高の出世。敵同士なのだから、仲良くしようという気にはなれないだろう。


 無言で食事を食べ、空になった食器を持って立ち上がる。

「お先に失礼します」

 返事はないと諦めていたのに、軽い会釈で返された。たったそれだけなのに、心が温かくなるから不思議。


 明るくなった気分で、私は食堂を出た。

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