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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十四話 最初の夜

 食事を終え、預けた馬を受け取る。行き届いた世話を受けたのか、毛艶も良くなっていた。

「あれ? その荷物は何ですか?」

 鞍の後ろにベルトで固定された革袋が乗せられている。


「ああ、買った物の一部をここに届けてもらった」

 かなり大きな荷物には一体何が入っているのだろうと疑問に思っても、クレイグの個人的な物だろうから聞くのはためらう。


 馬はゆっくりとした足取りで町を歩く。朝よりも人が多く賑やかなように思える。これから飲みに行く人、すでに酔いつぶれている人で道は混みあう。その中で臆病な馬を操るのだから、クレイグの馬術の腕は相当なものだと感心する。


「……これだけの人がいるのに、悪戯する人はいないのですね」

 酔っ払いもいるのに、馬のお尻を叩いたり足を蹴っていくような乱暴者がいないのが不思議。


「馬上に乗ってる人間の姿を見て判断してるってだけだな。きっと」

 確かに体格の良いクレイグに挑もうという人はなかなかいないだろう。剣を持っていなくても、相当腕力がありそうに見える。


 町を出た後は、我慢していた鬱憤を晴らすように馬が走り出す。走って良い場所と悪い場所を理解できるのは、とても賢い。

「全速力を出してもいいか?」

「ええ。もちろん!」

 

 馬が走り出し、腰を抱くクレイグの腕の強さと体温を感じて鼓動が早くなる。何の言葉も交わせないままに、古城へとたどり着いた。


      ◆


 クレイグに割り当てられているのは一階の客室。他の騎士たちが三階や四階を選んでいるのに、一人だけ一階を選んだらしい。

「まぁ、言うと悪いが、何人かの騎士はいびきが酷い。隣どころか同じ階にはいたくない」

「それはそうですね」


 当たり障りのない会話をしながら、私は徐々に緊張していた。クレイグは本当に私を抱き枕として扱うのだろうか。もし、それ以上を求められたら、私は拒むことはできるだろうか。


 意地悪な発言はあっても、優しくて素敵な人。もし、もしも求められたら。


 ぐるぐると同じ問いを繰り返す。付き合ってもいないのだから、求められても断るのが正しい選択。


 昨日と同じ使用人用の狭い通路を通り抜け、客室へとたどり着く。部屋に入ると綺麗に掃除がされており、魔法灯(ランプ)が輝いていた。

「先に浴室使っていいぞ」

「あ、あの。でも……」

 一度、塔の控室に帰らなければ着替えがない。と口にしようとして、クレイグが持っていた布の包みが渡された。


「着替え一式。仕立て屋の女房に頼んだから、何が入ってるかわからんが使ってくれ」

「あ、ありがとうございます。先に使わせて頂きます」


 本当に今日は至れり尽くせりだと思う。更衣室で包みを開くと、白い夜着。たっぷりと布が使われ、袖先と裾にはフリルが施されている。貴族の令嬢が使うような物で、とても素敵だとは思う。用意されたのだから、これを着るべきなのだろう。姿見の前で夜着を体に当てると、その豪華さに気後れする。下着と上品な紺色のワンピース、靴下。これは明日の朝の着替え。


 いつもよりも念入りに体を洗い、真新しい白い夜着を身にまとう。口紅だけでも持っていればよかったと考えて、誘惑するのではないのだからと頭を振る。


「お、お待たせしました。あの……ありがとうございます……」

 今日は感謝することばかり。

「ああ、似合うじゃないか。先にベッドで寝ててくれ」

 笑いながら、クレイグが浴室へと入っていく。ベッドという言葉を聞いて、もう完全に私の心臓は壊れそうな程、早鐘を打つ。


 広い部屋の中、落ち着かないので歩き回る。立ち止まって鏡を覗き込み、自分の頬が赤いことを確認。長い茶色の髪を緩やかに編み、紐で結んでは解く。これから何が起こるのか、少し怖い。


 また髪を編んだ時、クレイグが浴室から出てきた。上半身裸で下穿きだけの姿でも凛々しくて格好いい。

「お? 先に寝ててくれてもよかったのに」

「あ、あ、あの、着替えとか、夜着とか、ありがとうございます」


「ああ、俺の抱き枕カバーだからな。気にするな」

「で、ですから、その呼び名は……」

 近づいてきたクレイグが私を軽々と抱き上げて、言葉を失う。薄い夜着越しにクレイグの体温を感じて、頬が熱くなっていく。


 ベッドに運ばれる途中で室内履きが脱げ、高鳴る鼓動は止まらない。これではまるで、初夜のベッドに運ばれる花嫁。


 そっとベッドに降ろされて、クレイグが隣へ横たわる。

「魔法灯を消すぞ」

「は、は、は、は、はい」

 声が震える恥ずかしさを隠すために掛け布を口元まで寄せると、闇の中でクレイグの温かい腕が私の腰を抱きしめた。


「おやすみ」

 耳元で囁かれて体が震えた。どきどきとうるさい心臓の音がクレイグに聞こえてしまうのではないかと、胸を押さえる。


 急にクレイグの腕が重みを増した。

「…………クレイグ?」

 問い掛けても返事はない。ただ、規則正しい寝息を感じるだけ。


「えーっと?」

 完全に眠っている。そうとしか思えない。

 ――私は、本当に抱き枕でしかなかった。


「…………寝よ」

 明日は早朝から仕事がある。ときめきも期待もすべてを捨てて、私は目を閉じた。

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