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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十一話 懐かしい香り

「花の美しさも果物の美味しさも、すべては香りが担っていると私は考えている。鼻の調子が悪い時に物を食べると、味気なく感じるだろう? だからこそ、香りを閉じ込め、香りを引き出すことを目指しているんだ」

 アラステアの茶色の瞳は輝き、声には熱がこもっている。自分の仕事に情熱を持っている素敵な人だと思う。


 色の違う薔薇や、野に咲く花。花だけでなく、干した果実や蜜漬けのもの。少しずつ味を見る。十種類を過ぎるとお腹がいっぱいになってきた。

「そ、そろそろ、満腹になりそうです」

「おっと。それは残念。今、在庫があるのは六十五種類。全部試して欲しかったな」 


 味見は終わっても、それぞれの花や果実の興味深い説明は尽きなかった。産地や花にまつわる伝説、聞けば聞く程面白い。一つ一つの香りと共に、記憶と結び付けていく。


「そろそろ日が暮れる。続きはまた今度だ」

 口を引き結んで話を聞いていたクレイグが、話の区切りで口を開いた。

「おや。もうそんな時間か。残念だよ。どれを買う?」


「何がいい? 好きな物を選んでいいぞ。味見していないのでもいい」

 クレイグとアラステアに勧められるまま、五種類を選ぶ。

「割れやすいから明日、古城の方へ届けてもらうよ。えーっと合計で……」

 合計金額を聞いて一歩どころか三歩引く。超が付く高級品過ぎて庶民には気軽に買えないお値段。味見は無料と言われて安堵しても、いくらになるのか考えると怖ろしい。


「私は友人でも値引きはしないんだ。値引きすると、それだけ価値が失われた気がするからね。でも、本当の価値を認めてくれた君には、この氷スミレの砂糖漬けを贈ろう」


 アラステアが棚の奥から取り出した小さな瓶には、きらきらと輝く紫の小さな花が詰まっている。

「この瓶は小さくて割れにくいから、持って帰るといい」


「ありがとうございます! 大事に頂きます!」

 可愛らしい布袋に入れられた小瓶を胸に抱き、私たちは店を出た。


      ◆


「はー。素敵でした……」

 溜息と同時に素直な感想が口から零れる。今まで知らなかった新しい香りの世界は素晴らしい。


「……ああいうのが好みなのか?」

「はい。初めて砂糖漬けを食べましたが、色も綺麗だし、何より香りが幸せにしてくれます」


「いや………………別にいい」

「え?」

 クレイグの返答を聞いて、ようやくアラステアが私の好みなのかと聞かれたことに気が付いた。好みかと聞かれれば、違う。情熱を秘めた熱い人で、作り出す物が素敵だとは思っても、隣にいるのは常に気が張ってしまうかもしれない。


 今まで全く出会いの無かった私が、二人の素敵な男性と話す機会に恵まれても、クレイグの方が好みだとさらに思うだけだった。そうはいっても、クレイグは私とは到底釣り合わない遠い人。


 口を引き結んだままのクレイグの表情を見て、まさか嫉妬かと思いついても単に玩具を取られたくないという感情かもしれないと思うと、そちらの方が納得がいく。


 何と言っても、全く手を出されていない。そのことがクレイグが私に艶めいた感情や恋愛感情は持っていないということを証明している。


 ゆっくりと空が赤く染まっていく。窓には灯りが点き始め、帰路に着く人々で通りは賑やかさを増す。

「……夕飯を食べてから帰るか」

「はい」

 朝、馬を預けた店に行くらしい。あの素敵な店が夜にはどんな雰囲気になるのか、とても楽しみ。


 来た道とは違う経路で並んで歩く。今日見た物、会った人々について他愛のない話を交わす。何も取り繕う必要もない会話は、とても楽しくて嬉しい。今日一日で、一年分は話をしたかもしれない。


 視界の隅に、この国では珍しい変わった髪色が見えた。赤に近い茶色。


「え?」

 クレイグの横を通り過ぎた男から漂ってきたのは、懐かしくて嫌な匂い。腐り落ちる直前の果実のような甘ったるい香りの中に、とげとげしい動物臭と苔とカビ。――一族に伝わる毒薬の匂い。


 私が振り返っても赤茶色の髪の男は何も気が付かずに裏通りの方へと歩いて行く。

「どうした?」

「……いえ。何でもありません」

 きっと気のせい。私の生まれ故郷から、あの毒薬を持ち出す許可を出せるのは皇帝陛下のみ。普通の人が持っているはずはない。何かが混ざって偶然似たような匂いになっただけだろう。


「疲れたなら、運んでやろうか? 抱き枕風に」

「やめてください。人さらいと叫びますよ」

 意地悪な笑顔になったクレイグに反論して、熱くなりそうな頬を冷ます。


「もっといろんな店に行こうと思っていたが、意外と回れなかったな」

「ちゃんと見ようと思うと、一日に沢山回るのは難しいですね」

 今日は初めて入った店ばかりで、驚きの連続だった。


「そうか。じゃ、次の休みも一緒に行くか」

「え? あ、あの……香油と石けんに必要な物は買いましたよ?」


「お前の姫さんは、休ませてくれないのか?」

「いえ。休みたいという以上に休ませて下さいます」

 お嬢様は、何かあると私に休んでいい、好きなことをしていいと仰る優しい方。


「じゃ、問題ないだろ。俺の休みは十日後な」

「は、はい」

 結局私は、笑顔のクレイグに押し切られて約束を交わしてしまった。

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