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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十話 芸術家の目指す物

 さらに奥の扉を開くと、また白い部屋。壁一面に作られた棚には、様々な色の花や果物が砂糖や液体に浸けられて、小さなガラス瓶に詰められている。


「これは薔薇をカジロの糖液と蜂蜜、塩を混ぜた蜜に漬けてる。綺麗だろう?」

「ええ。とても美しいと思います」

 手渡された小瓶には、蜜に漬けられた桃色の薔薇の花びら。


「酒じゃないのか」

 横から覗き込んでいたクレイグが呟く。

「酒は入れてない。これを酒に落とすと美味いが、どんな酒にも合うようにする為には入れない方がいいんだ」

 お酒に特にお勧めと渡されたのは、輪切りの柚子の蜜漬け。


「柚子? あの黄色い実ですよね? 観賞用ではないのですか?」

 柑橘類でも柚子は苦くて食べられないと言われているから、食用としては売っていない。庭木の彩りとしての苗、もしくは香料用としてなら売っている。


「食べられないと言われていたのは、黄色い皮と実の間にある白い部分が原因だ。白い部分を取り除くか、こうして蜜に漬けると苦さが和らぐ。食べるとこの苦さが癖になるよ」


 瑞々しさを残す果物も綺麗。色を残した花はもっと綺麗。乾燥させたり液体に浸けると、普通は色が抜けてしまうのに、ここに並ぶ花たちは、元の色を残している。

 中央の作業台には白木で作られた箱が積まれていて、この中にガラス瓶を詰めるのだろう。


「味見は店の方でしようか。今は見るだけで我慢して欲しいな」

 私が貼り付くようにして見ていたので、物欲しそうに見えたのだろうか。一応断ってみたけれど、是非と言われて頷いてしまう。


「俺の部屋で味見すればいいだろ?」

 クレイグがぼそりと呟くと、アラステアが目を見開いて驚きの表情を浮かべる。

「お前が女性を部屋に招く? 今夜は絶対に大雪だ。女神様、我らをお助け下さい!」

 笑いをこらえているのか、アラステアの声が震えている。クレイグは女性を部屋に入れたことがないのだろうか。私が最初と思うと胸がどきりとしても、王城では無理でも出先で同じように暇つぶしをしていた可能性もある。


「ま、でも、量が無くて売れない物もあるから、味見は店でしていってほしいな」

 勧められるまま、私たちは店へと戻った。


      ◆


「さーって、どれでもいいよ」

 店内の小さなテーブルに座り、目の前に瓶を並べられると目移りしてしまって選べない。

「あ、あのっ! これって氷スミレですか?」

 砂糖がまぶされた紫色の小さな花が入った瓶を指さす。


「そう。これは前に作ったものだ。五年経ってるけど、全然平気だよ。私の手法で作った物は、十年経っても変わらない。熟成して味がまろやかになる物もある」

 瓶から金色のヘラで取り出された氷スミレが手のひらに乗せられると、ふわりと氷スミレ独特の芳香が漂う。目を閉じて匂いを吸い込めば、心が落ち着いて幸せな気分になれる。


「とてもいい香りです」

 たった一つの小さな花が持つ力が心にしみわたる。摘まれて加工されても、これだけの匂いを保つのはアラステアの丁寧な技のお陰だろう。私も花や草をもっと大事に扱わなければ。


「食べてみてよ。しばらく飲み込まずに、舌の上で温めてみて」

 促されて口へと入れる。花を舌の上に乗せていると、さらっとした甘さを感じ、氷スミレの香りがゆっくりと口の中に広がる。


「噛んでいいよ」

 噛むと果物のような甘味と微かな苦み。豊かな香りが強くなる。飲み込んでしまうのが惜しいと思う美味しさ。


「白湯をどうぞ。花茶でもいいんだけど、いろいろ試すなら白湯が一番だ」

 白い陶器という貴族でもなかなか買えないカップで白湯が渡された。口に含むと香りが一層引き立つ。飲み込むと口の中がさっぱりとした。


「すっきりとした甘さも魅力的ですが、香りが素晴らしいですね。まるで香りを食べているような気がします」

「素敵な言葉をありがとう。私の目指す物を理解してくれたみたいで嬉しいよ」

 私の感想を聞いて、アラステアはさらに上機嫌な顔を見せた。 

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