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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第十四話 魔物の森に咲く花

 少年は床に置かれた大きな壺のフタを取り去った。柄杓ですくうと、とろりとした薄い茶色の透き通った液体。

「石けんを作る方には動物の油より、植物の油の方が好まれますね」

「セトルの油ですね」

 それは今まで使ったことのない高級品で、高い山や岩場に咲く花の実を絞った油。普通の植物油は時間が経つと色が悪くなり味も変質していくのに、この油は何十年経っても変わらない。


「あの……他の油はありますか?」

 セトルの油の値段は知っている。いつもいいなと思いながら値札を見ては諦める。

「こちらはいかがです? 色が無い油です」

 隣に置いてあった壺の中には、さらさらとした透明な油。


「初めて見ました。これは何の油ですか?」

「カジロという蔓草の実を絞った油です。この国ではあまり使われませんが、香りがほとんどないので抽出法の香油の元にも使われています。これが実です。油を搾った後は、この繊維で糸を紡いで織物にするそうです」

 少年が指し示した瓶に入ったカジロの実は、綿花に似ていた。


 値段を聞くと、いつも香油用に買う油よりも安い。石けん用の油と同じくらい。

「安い理由を聞いてもいいですか?」

「この国では使う人がほとんどいない、それだけです。長期保存も出来て品質は良いのですが、全く知られていないので買う人がいない。だから安くするしかありません」


「うーん」

 慣れた油と初めて使う油。どちらにすればいいのか迷う。

「両方買えばいいんじゃないか?」

「そんなに簡単に言わないで下さい。安くても失敗したら無駄にしかなりません」


「失敗したらどうなるんだ?」

「使ってる最中に溶け崩れるとか、固まらないとか、いろいろです。最悪、食器洗いとか掃除用にするしかありません」

 材料を油に混ぜると元には戻らない。再加工して使えない程の失敗はしたことはなくても心配。初めて使う油は配合比を試す必要があるから時間が掛かる。


「三カ月あるだろ? 急いでないからそのうち出来ればいいぞ」

「でも……」

 迷う私の肩を叩いたクレイグは、二種類の油を少年に注文した。


「後は何が要るんだ?」

「キザンとサジの木、あとは香草ですね」


「キザン? 泡立て粉のあれか?」

 キザンという草の粉は、様々な物を泡立てる。一番馴染みがあるのは、石けんの泡立て。粉を振りかけるだけできめ細やかな泡が立つ。口に入れても安全で、風味を変えないのでパンや料理にも使う。


「そうです。ただ、石けん作りで使うのは灰です。サジも焼いて灰にして使います」

 いつもは侯爵家の裏庭にある焼却炉の近くで焼いていた。古城の焼却炉はどこにあるのだろう。


「どちらも灰も扱っていますよ。」

 それは便利だと二種類の灰を買い求め、他の材料も見る。


「どれも同じにしか見えんな」

「そうですね。でも匂いは全く異なりますよ」

 乾燥させた草花は、どれも似たような見た目になるのは仕方ない。そんな中で、生き生きとしたままの白く透ける花が瓶に詰められていた。小さな百合に似ていてもどこか違う。


「これは?」

「トゥーリクの花だな。……魔物がいる森に咲いてる不吉な花だ」

 クレイグは満開の花の中、魔物と対峙したことがあるらしい。


「枯れない花なのですね」

「その花は魔力を貯め込んでいます。魔法石の替わりに使う方もいらっしゃいますよ」

 少年がガラス瓶を開けると、新緑のような爽やかさと、ほのかに柑橘系の甘さのある香りが広がった。手の上に乗せられた花は砂糖菓子のような質感。


「素敵!」

 不吉な花と聞いても、この香りは素晴らしいと思う。何度も吸い込みたくなる癖になる香り。


「体に悪影響はないのか?」

「昔から香料や薬にも使われていますが、悪影響があるというのは聞いたことがありません。ああ、そういえば、特定の人には軽い媚薬的な効果があると書いてある本もありましたね」

「特定の人って何だ?」

「そこまでは書いていませんでした」

「ふーん」

 クレイグと少年が話す間にも、私はトゥーリクの花の香りをかぎ続けた。

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