エピソード1
キッカケはほんの些細な事だった。普段からよくつるんでいた友達と談笑している最中に、何気ない一言が原因で友達と言い争いになった。場の空気は険悪になる一方。それからその友達と話す事は無く、ただ無意味に経日していくばかりだった。
その一件があってからというもの、下校時に河川敷のベンチで佇む事が僕の日課と化していた。
傾く太陽に照らされた水面は煌びやかな白光を放っている。草花を揺らすそよ風がなんとも心地が良い。対岸の方で白い犬を連れたお爺さんが牛歩に前進している。そうした景色を眺めながら、緩やかな時の流れに身を委ねる。一呼吸すると、新鮮な空気が体内へ浸透していくように感じられた。
こんな所でぼーっとしている場合じゃない事は既に判っている。まだ怒っているであろうアイツに頭を下げて、仲直りをすれば良いんだ。けれども、行動を起こす為の勇気を奮い立たせる事が出来ないでいる。何故自分がという意地があり、果たして許してもらえるだろうかという不安もある。なんだかんだと言い訳を己の胸中に作り出しては、今のような逃避に走ってしまう。
優柔不断な自分自身に酷く苛立つ。思わず溜息が零れる。
「どうかしたの? そんなに深刻そうな顔しちゃって」
鈴の音が鳴ったかのような清々しい声。そのほうへ首を傾けると、
“雪が舞い散った”。
見知らぬ女性が立っていた。上は白のセーターに下はワインレッドのロングスカート。肌は透き通っていて冷たさすら感じる。セミショートの髪は輝かしいほどに白い。整った顔立ちの中で特に目立つ、青碧の瞳が僕を一点に見つめている。
「……僕に何かご用ですか?」
「何かご用、じゃないよ。青春をときめく若者が仏頂面で川辺を眺めてるなんて、何かあったんじゃないかって思うでしょうが。まさか、身投げしようとか思ってたんじゃないでしょうね」
「そ、そんな訳ないでしょう! 何を言い出すんですか!」
そこまで暗い顔をしていたのか僕は。何気に衝撃を受けた。
「ともかく、ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですから。見ず知らずの方にご迷惑をお掛けする訳にはいきませんので」
立ち上がってその場を去ろうとすると、
「待って!」
女性が手を引っ張ってきた。思いのほか力が強くて、後ろへ仰け反りそうになる。徐ろに振り返る。
「あ、ごめん……じゃなくて! 何か悩んでる事があるんでしょう? だったらワタシに話してみなよ。ここで会ったのも何かの縁だよ、きっと」
ねっ、と僕を見つめる眼。それはサファイアのように煌々として、奥底まで惹き込まれそうになる。不思議な事に、その感覚が気持ち良く思える。
「本当に、聞いてくれるんですか?」
躊躇いがちに発せられた問いに対して、
「ええ、もちろんよ!」
女性は満面の笑みで応えてくれた。
「ワタシの名前はセルシア。君の名前は?」
「平野義成と云います。よろしく、お願いします……」
「義成くんだね! こちらこそよろしくね!」
そう言って、彼女、セルシアさんは手を差し出す。おそるおそる手を握って応える。柔らかな掌がとても温かく感じた。