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新説:浦島太郎

作者: やまおか

 寄せては返す波間にぷかりと浮かぶ一匹のカメがいました。

 浜辺にはいでると、のそのそと遅い動きで海辺に広がる村を目指して進みます。その動きは短い手足を使ってゆっくりとしたものでした。

 

 進む先に影が差し込み、カメが見上げると3人の子供が自分を見下ろしていました。

 子供たちはカメをじっと見下ろしたあと、お互いにうなずきました。

 

 

 村に住む浦島さんは心優しく働き者と村でも評判の青年でした。

 彼が海辺を歩いていると、子供たちの元気な声がきこえてきました。遊んでいるのかとおもいひょいと様子をのぞきます。

 

 そこにはひっくり返されたカメが子供達に棒の先でつつかれていじめられていました。

 

「これこれ、子供たちよ。いじめてはかわいそうじゃないか」

 

「だって、おじじが海からきたカメはひとをさらうっていってたぞ。だからこらしめてやってたんだ」

 

 注意された子供達はばつが悪そうにしながらも、村にいた老人の言葉をつかって抗議します。

 その老人はある日海辺でぼーっとしているところを、村のものが見つけました。

 しかし、住んでいたところがわからず妙なことばかりを口にする老人を見て、きっと辛い目にあったのだろうとみんなで同情の目を向けていました。

 

「だからってひどいことをしたらかわいそうじゃないか? ほら、海に帰してあげよう」

 

 浦島さんがよいしょとカメをもちあげると、そっと波打ち際に逃がしてやりました。

 

 それから、数日がたったころのことでした。

 浦島さんが海に出かけようとしたところ、どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえました。

 不思議に思っていると、ひょっこりとカメが水面から頭を出します。

 カメは助けてもらったお礼をいいながら丁寧に頭をさげます。

 

「私どもの主が浦島さんにお礼をいいたいということでして、ぜひ竜宮城に案内させていただけないでしょうか?」

 

 竜宮城が海の底にあると聞いた浦島はびっくりしながら、遠慮しようとします。

 

「大丈夫です。息をとめて目をつむっている間にすぐに到着しますから」

 

「だけど、これからみんなと船の仕事があるのにひとりだけいなくなるというのはよくないと思うよ」

 

「大丈夫です。すぐにすみますから。主と会っていただければそれだけでいいのです」

 

 粘り強く説得するカメに根負けした浦島は、しょうがないなといいながらカメに連れられて海の底にもぐっていきました。

 目を閉じていたのは数刻だったのか、それとももっと短かったのかわかりませんが、さあいいですよというカメの言葉を聞いた浦島は目を開けました。

 

 そこには見たこともない立派な御殿が建っていました。噂に聞いていた都のようだと浦島は感心しながらあたりを見回します。

 

 そうして、夢現の気分のまま浦島は御殿の一番奥にあるいっとう豪華な部屋に通されました。

 そこにいたのは天女のように美しい女性でした。彼女こそが竜宮城の主である乙姫です。

 

 にっこりと優しげな笑顔をうかべる彼女をみて、浦島は頭がぼーっとします。それから、用意された宴の席に座ると、気持ちのいい音楽が流れタイやヒラメたちの踊りが続きました。

 

「カメさん、おらはそろそろ戻らないといけない」

 

 乙姫やカメは彼を引きとめようとしたが、家に残してきた年老いた母親のことが気がかりだという浦島さんを止めることはできませんでした。

 

 そうして、竜宮城を後にする浦島さんを送るためにカメが準備しているときでした。

 

「カメ、今回もだめだったみたいね。あなたのように怠惰にすごす人間はいないようね」

 

 さきほどとは打って変わって嗜虐的な笑みを浮かべた乙姫が、カメをあざわらっていました。

 

 

 カメは思い出します。

 自分が始めて竜宮城に連れてこられたときのことを。

 人間だったときの彼は、夢のように楽しい生活が心地よくてずっとここにいたいと乙姫にお願いしました。

 

―――それじゃあ、万年生きていけるカメにしてあげましょう。

 

 そういって、彼はカメの姿に変えられてしまいました。

 打って変わって冷たくなった乙姫に元の姿に戻りたい、家に帰りたいとお願いしました。

 

―――代わりの人間を連れてきたら、あなたを元に戻してあげる。

 

 それからカメは何人も竜宮城に連れていきました。しかし、みんな竜宮城の生活よりも家族や友人がいる場所に帰りたいといって去っていきました。

 

 

 カメは浦島さんをつれて海辺の村に帰ってきました。

 

「ありがとう、カメさん。おっかあに竜宮城のこと話したら、きっとぶったまげるだろうなぁ」

 

 浦島さんはワクワクした顔で手をふって村に帰っていきます。

 カメは今回もだめだったかとため息をついて、海にもぐっていきました。

 

 浦島さんが家に帰ると、そこには見知らぬ家族がすんでいました。

 戸惑う浦島さんは母はどこにいったのだと聞きましたが、そんなひとは知らないという答えが帰ってきました。

 彼は村中を走り回りました。ですが、仲の良かった友人も、幼馴染も、おっかなかった村長もみんないません。

 村では、少し前まで子供だったはずの男の孫が暮らし、知り合いはみんな墓の下でした。

 浦島さんは亡くなった母親の前で、死に目に会えなかったことを謝りながら大粒の涙を流します。

 

 浦島さんはすっかりしょげかえり、海辺にまだカメが残っていないか探しまわりました。

 しかし、その姿はすでになく、拳を砂浜に打ちつけながら嗚咽をこぼします。

 

「そうだ、玉手箱……。中になにかはいっているかも」

 

 竜宮城から帰るときにおみやげだといって渡された玉手箱に一縷の願いを託してふたをあけました。

 すると、もくもくと煙がたちこめ、そこには老人となった浦島さんの姿がありました。

 

 村人たちは砂浜の上で呆然とする老人を見つけ、行く当てがないと知ると保護してあげました。

 

 老人は村人たちに注意します。

 カメには気を許すなと……。

 

 しかし、おかしなことばかりを口にする老人の相手をするのは子供ばかりでした。

 

 

 深海の支配者にして、竜宮城の主である乙姫は水鏡をとおして浦島さんの様子を眺めていました

 

「今回もおもしろかったわ。カメ、早く次の人間をつれてきてちょうだい」

 

 楽しげな笑い声を聞きながら、カメの意識は後悔の海に飲まれてふかいふかい暗闇に沈んでいくのでした。

 

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