6話:育ての親ポールと友人の優しさ
そんなジョブズの為に、決して裕福とは言えない家庭であったが、ポールは必死に働いた。ポールは走らなくなった車を50ドルで買い、何週間かかけて直して250ドルで売ってジョブズの学費を稼いでいた。ジョブズは小学校に入学した。自宅から4ブロックはなれたモンタ・ロマ小学校だ。文字は小学校に上がる前に母親に教えてもらっていたせいか、低学年のころは退屈でいたずらばかりする問題児であった。
ここでジョブズの権威に弱いタイプでない事が明らかになっていく。この頃のことをジョブズは「これまでとは比べ物にならない程多くの権威に直面し嫌だった」
「危うくつぶされる所だったよ。好奇心の芽を全部つまれた」
と話した。
退屈な学校をジョブズはいたずらで、自分の心を紛らわせていた。学校にペットを持ってこようというポスターを作り、あちこちで犬や猫を走らせて先生を困らせたりもした。友達から自転車の鍵の番号を聞き出し、そっと抜け出して鍵の番号を変えて自転車にのれないようにもした。3年生になるといたずらはエスカレート。女の担任の先生の椅子の下に爆薬を仕掛けてみたりもした。
当然ジョブズは何度か家に帰されることがあった。学校からなにを言われても父親はジョブズを責めなかった。
「この子が悪いんじゃないでしょう」
「授業を面白いと思えないのは先生方の問題と父親は言った」
「ジョブズも学校で何かしたからといって怒られた記憶はない」
その後、話していた。
4年生になるとイモジーン・ヒルという活発な女性が担任になった。彼女はジョブズの様子をしばらく見た後、
「この子には、にんじんをぶら下げるのが良いと考えた」
彼女は算数の宿題をジョブズに出し、それをやってきたら大きなアメをあげると言った。そして、
できが良かったら5ドルあげると言った。
これはジョブズには効果的であったようで数ヶ月すればにんじんはいらなくなったようだ。
「あの先生ほど多くを教えてくれた先生はいない」
「彼女と出会わなければ、僕は刑務所行きだったよとジョブズも話す」
4年生の終わりにジョブズに特別なものを感じたヒル先生が知能検査を受けさせたところ高校2年レベルの成績が出た。
学校から2年の飛び級を進められたが、両親が心配したことにより1年だけ飛び級することになった。この飛び級はジョブズにとってつらいものになった。年の違う子供たちの間に放り込まれ孤立した。しかも6年生からは中学になり学校も変わった。この学校は移民が多く治安が非常に悪かった。
ここでジョブズはいじめられることが多くなり7年生の半ばついに両親に最終勧告を告げた。
「もっと良い学校に行かせて、駄目なら、もう学校には行かない」
家庭はかつかつであったが、両親はジョブズの要求をけることはしなかった。
そしてジョブズ家は5キロほど離れたサウスロスアルトスに引っ越していった。中学を卒業したジョブズはホームステッド・ハイスクールに進学した。学校までは15ブロックほどあったが、歩くのが大好きだったジョブズは歩いて登校した。この頃のジョブズのいたずらはエレクトロニクス系が多くなっていた。家中にスピーカーを設置したこともある。
スピーカーはマイクとしても機能するので、自室のクローゼットを制御室として別室の音が聞けるようにした。ある晩、ヘッドフォンをつけて両親の寝室の様子をうかがっていたところを父親に見つかって大目玉をくらったこともあるそうだ。この頃、ジョブズは近くに住むエンジニア、ラリー・ラングのところにもよく通うようになっていた。
夢中になったカーボンマイクやヒースキットについてラングに教えてもらった。ラングの紹介でHP社の「探求クラブ」にも参加するようになった。「探求クラブ」とは毎週火曜の夜に会社の食堂で学生が15人ほど集まり、毎週どこかの研究所からエンジニアを呼び、どんな仕事をしているのか話を聞く会であった。「天国にいるようだった」とジョブズは言う。
「探求クラブ」では自分でものを作ることも推奨されておりジョブズは周波数カウンター作っていた。このことがきっかけになり、ジョブズはHP社の周波数カウンター工場でアルバイトをはじめる
ようになった。この周波数カウンターの知識を武器にジョブズは様々な商売をし、15歳の時にはじめて自分の車を手に入れた。ナッシュメトロポリタン
「自分でお金を稼いで、それを貯めて何かを買うのは素晴らしいと思ったよ」
とジョブズは話す。




