第一話 やっと帰れる!……って、あれ?
「ぐうっ、痛ってぇ」
全身が激痛に苛まれた。筋肉痛のような痛みである。
俺は、神楽 詩音。異世界から地球に帰るべく魔王を倒した男だ。そして、先程ようやく魔王殺しを達成した。
だが、辺りを見回して見るとどう考えても地球にはかけ離れた世界が目の前にあった。
地球には、月が二つもない。転移に失敗してしまったのだろうか?あの駄目神は。
地球からこっちへの転移も、本当は俺じゃなくて隣の幼馴染の女子高生の水谷 信乃を転移させるはずだったが、間違えたらしい。
その要領で間違えて違う世界に飛ばしてしまったのか。
イライラして自分の頭をガシガシと掻いた。イライラした時の癖である。
「なんだって、また間違えたんだよっ。この駄目神がっ! ……あれ?」
おかしい。おかしすぎる。こんなにも、声が高いわけがない。これではまるで、女の声みたいじゃないか。
ふと下を見てみた。なぜか、少しだけ胸元が膨らんでいる。いやいや、ありえない。こんなに腫れることなんて聞いたことがない。
しかし、好奇心に負けて触ってしまった。ふにゃん、とした感触が帰って来た。もっとも、地球でも異世界でも胸なんて触ったことがないから、女かどうかの判断なんてつかないが。
だが認めるしかないようだ。喪失感が拭えないのだ。これでは、本当にもう……
「まじか、女になったみたいだな」
二度目の異世界転移は、どうやら性別すらも変わってしまったようだ。
「女になったか。いわゆるTSかぁ。まぁ、いいや。とりあえず、《空凪》《時喰》来い」
ゆっくりと立ち上がった。今は支障がないので、考えるのは辞めよう。困った時に考えればいい、と思考を放棄した。
そして、前回使えた能力が使えるのかを試すために一年間愛用していた魔法剣を呼び出したのだ。
空間をも切り裂く刀と、時間を巻き戻す刀。どちらとも、俺を支えてきた能力である。
地球時代から、俺は神楽二刀流と呼ばれる俺のご先祖が開いた流派を習っていた。完全な戦闘術であり、剣道とはまた違う武道。
その流派に類い稀なる才能を持っていた俺は父親の技術をすべて吸収した。今では、俺の方が強い。
自分の服装も、異世界に居たときの物を取り出した。勿論、空間収納である。例えるなら、猫と言い張る青狸の四次元なポケットである。
空間と時間を操作する。この能力には、割りと厳しすぎるデメリットがあった。それは金属が身に付けられない、という制約である。
もちろん少量なら身に付けられる。例えるなら、洋服のジッパーとベルトの金具ぐらいならなんの問題もない。
しかし、皮鎧の金属板などはアウトであり能力が著しく落ちる。一切の能力が使えなくなってしまうのだ。それと強烈な眠気が襲ってくる。
その為に、魔力を凝縮して作り出した二本の刀しか武器はない。今のところは、だが。
だが、空間ごと切り取ってしまえば魔法なんて効かないし、剣で切られたとしても死なない限りは即座に時間を巻き戻して回復できるのであまり意味はないのだが。
「癒せ」
《時凪》が淡く輝く。それと同時に俺の筋肉痛のような痛みが消えていく。時間を巻き戻し傷を癒したのだ。
「しっ、」
神楽二刀流の一連の流れを試してみる。どうやら身長が少し縮んだようだ。若干動きが悪い。だが、不思議なことに筋力や動体視力は落ちていなかった。
右から左へ、流れるように緩急をつけて。
右の刀がゆっくりと見える太刀筋で切りつけ、左の刀は見えない速度で振るわれる。
右や左や舞うように。日差しを照り返す刀がとても綺麗であった。また、凄まじい速度で振るわれた剣により砂塵が大量に舞っていた。
「ふう。こんなもんか」
《時凪》《空喰》を両手から消した。淡い光となって消えていく。
太陽は高く登り、辺りを照らしていた。どうやら、かなりの時間が経っていたようだ。