界を越えた料理人
渡瀬の祖母に驚きすぎて会話が途切れたので、ダンが話しかけてきた。
「お嬢様、そろそろ食事を出したいんだが」
「え?あ、お願いします」
そして運ばれてきたのは綺麗に盛り付けられた前菜だった。席についておいしくいただく。
「おいしい!」
しかし、これこないだの結婚式より凝ってるな。味がいいだけでなく、盛り付けも見事だ。私も作る側だからわかる。これは私では無理。一種の芸術……あ、ポッチがスケッチしだして兄にやんわり注意された。兄よ、ポッチと私の扱いに差がある気がするんだ。気のせいですか?
「……異世界なのに、和食なのね」
「ダンは日本で料理修行をしてきた人ですから。異世界料理をご所望でしたら、彼は作ってくれると思いますが……いかがですか?」
「いいえ、とても美味しいからこのままでいいわ。ここまでの和食は向こうでも食べられないもの」
表情を変えずに淡々と喋る渡瀬の祖母。珍しく機嫌がいいらしい。
「おいしいッス!あだっ!?」
「凛花、食べながら会話をするなどはしたないですよ」
「食事を楽しく食べて何が悪いんスか!!」
第二ラウンドが始まりそうなので間に入る。懐かしいわぁ。こと姉ちゃんの時にも繰り返したわぁ。
「うう………ぐしゅっ」
ぽやっとしていたら、兄が号泣していた。
「兄さん?」
「いやその、懐かしい光景、だったから……」
まあ、もう見られない光景だ。今ここに渡瀬の祖母や兄さんがいるのは、神様からのサービスなのだから。
「まあ、パパ上が再婚するまではよくある光景だったッスね」
「「…………………」」
私と渡瀬の祖母が無言で兄さんを見た。
「兄さん、ぶっちゃけていい?私……凛は兄さんに遺言を遺さなかったから」
凛が遺言を遺したのは、凛花にだけ。貯めていたお金やマンションの権利。すべてを凛花に譲渡するためのもの。 凛が死んでも、凛花の居場所を遺せるようにしておきたかった。逆に言えば、そのぐらいしか遺してやれなかった。心残りは……兄にがっつり文句を言わなかったことだ。
そこから、凛の説教がスタートした。
そもそも、渡瀬のお祖母様とこと姉ちゃんのやりとりを見ていながら、あの杜撰な初めましてはなんだ。ありえない。凛花がどれほど我慢を強いられ、泣いたのか。何故凛花は泣いて飛び出すはめになったのか。懇切丁寧に語ってあげた。関係を破綻させるわけにはいかないからとオブラートに包んでいた部分をよーく説明した。
兄さんはいいよね。だって、惚れた女だもん。だけど、凛花には赤の他人。凛花の母の代わりにはなれない。悪い人ではなかったが、デリカシーはあまり無かった。思春期の娘が、ぽっと出の女に母と呼んでと言われてうなずくか。答えはノーである。何故凛花が家を出るまで待てなかったのか。
「………………………」
もう兄さんは、はいとすみませんしか言わなくなった。渡瀬の祖母は、へちま娘も人の子だったのねと呟いた。地味に酷い。凛花は泣いているが、ラヴィータが慰めているから問題ないだろう。
「兄さん、あんたは娘を不幸にした。でも、娘は強いから自力で幸せになる道を進んだ。嫁と子供は不幸にしないようにしなさいよ」
「はい!!凛花……本当にすまなかった……」
「パパ上……なんつーか……心のこもった謝罪ッスね。まあ……ちゃんとパパ上に言わなかった……言えなかった自分にも非があるッスよ。相談は大事ッス。人生に関わるような事は、キチンと話してほしかったッス!」
「すまなかった……」
「さて、話が終わった所で次の料理だ。お嬢様、折角なんだ。うまいもん食って、笑って終わろうや。特に今日のは俺が今できる全力を詰め込んだフルコースだ。味わって食べてくれよ。俺にとったら、お嬢様の笑顔が何よりの褒美だからな」
ダンが笑顔で、次の料理を持ってきた。ダンの料理は荒んだ心を癒してくれる。お刺身……とろける………。
「以前も食べたが、意外と生の魚もうまいな」
基本こちらで生魚は出ない。エルンストには珍しかったようだ。余談だが、こちらで生魚は一部地方(海近く)でしか食べない。ダンに生で食べられるか否かの判断はどうしているのか聞いたら、毒味していると言われた。マーサが基本は鑑定系の天啓持ちがチェックします。ただ、田舎はそんな便利なスキル持ちはいないから、基本毒味ですねと言っていた。仕方ない………のかな??そこまでして食わんでも。
「ダン、この間よりお刺身が美味しい気がする」
「わかってくれたか、お嬢様!流石はお嬢様だな!」
いや、わからいでか。ダンが言うには、この間の結婚式で出したのは『ダン以外でも作れる究極のフルコース』なんだそうだ。なにせ人数が多かった。だから、ダンが全て作るわけにはいかなかった。
しかし、今日のフルコースは違う。素材も最上質な希少部位を惜しげもなく使いまくり、手間暇をかけまくった……『ダンの究極フルコース』なんだそうだ。前菜もすごかったし、このお刺身もすごくおいしい。
兄さんへの怒りとか、全てがどうでもよくなりそうです。美味しいは正義!




