とある将軍のドキバク捕虜ライフ
元将軍さん視点になります。
しかし、総勢一万はいるこの大所帯。国境砦の食料を奪っても焼け石に水だろうと考えていた、が……
食事はきっちり毎日毎食出た。一度だけ補給が来たが、その時に何故死者達…ゾンビークンとやらが濃厚なキスを学習したかの話になった。
「お姉ちゃん!ぞんびー君達に変なこと教えないでよ!」
「はい?」
紫水晶のごとき美女は首をかしげた。
「ぞんびー君達に極力傷をつけないで捕まえてってお願いしたら…ぶちゅーって」
「…………は?いやいや!お姉ちゃんは何も…ディルク!犯人はディルクだよ!!」
それにしても似てない姉弟だな。誰が熱烈なキスを仕込んだかなんて心底どうでもいいのではないだろうか。
「お姉ちゃん、ディルクさんはそんなことしないと思う」
「ところがどっこい、やったんだな!持久走のペナルティとしてシャカさん達に仕込んでたよ!」
「………そんなぁ。ディルクさんは比較的まともだと信じてたのに…」
そんな会話をしつつも袋をいくつか受け取っていた。彼が食料を取り出していた容量がおかしい袋だ。そもそも紫水晶のごとき美女は見たこともない鉄の鳥に乗ってきた。さらにあの国に人族はほぼいない。美女は何者なのだろう。
彼女が去ってから青年にたずねてみた。
「…その袋や鉄の鳥はシヴェリハスに無いものだと思うのだが…」
「ああ、クリスティアでは袋は普通に流通してますよ。ここまで容量がおかしい奴は市販してませんけど。鉄の鳥……はヴァルキリーかな?スゴいんですよー。人型に変形して、ロッザリンドォォって大海嘯もブッ飛ばしたんです」
青年は尻尾をパタパタと振りながら、ヴァルキリーとやらのすごさやかっこよさについて語った。
そして、あの美女が『勇者ロザリンド』であったことが発覚。すげー大物だった!!
勇者ロザリンド。ウルファネアで肉の聖女と呼ばれ、大海嘯と食糧難から国を救い、贈り人を誘拐していたセインティアを壊滅させかけ、邪神を倒した伝説の勇者。邪神の時、そういえば祈りを乞う美女を見た気がする。
ただの噂と尾ひれ背びれがついた話と信じていなかったが…まさか、実在したとは……さらに噂はほとんどが実話だったと青年から聞かされた。そして、彼がその弟。恐らくは義弟なのだろうが。
つまり、我が国は詰んだ。
楽しげに姉の話を語る青年の様子を見るに、とても仲がいいようだ。彼に何かあれば、勇者である姉が我が国を滅ぼすだろう。
青年は、とても高潔な人物だった。王都に行く途中の大きな街を一つあっさりと落とした。国境砦の陥落を聞き、万全の体制だったが青年には歯が立たなかった。
私も兵士達も彼は話せば譲歩してくれる相手だと理解していたので、これ以上死体人形を作らないでほしいと泣きながら懇願した。
「わかりました。僕も鬼じゃありません。貴方達が従うならば、加工するのはやめてあげます。貴方達が僕にきちんと従ってくださるのなら」
青年は穏やかに頷いて、我々の要求をのんでくれた。
彼は領主を殺さず、金品も要求しなかった。彼の要求は二つ。
『王都との連絡を絶つこと』
『兵士達の面倒を見ること』
ここに兵士の半数を置いていった。監視に気味が悪い女や動く人形も置いていった。特に女は本当に怖い。監視役なんだそうだが、領主が涙目になっていた。監視のストレスで禿げるかもしれない。あれはキツい。
さらに進んだ町や村でも同じように兵士と女や人形を置いていく。気がつけば、捕虜は私だけになっていた。
「…王子殿下」
私は青年に話しかけた。
「ポッチでいいですよ」
「…ポッチ様」
青年が苦笑した。どうやら、様も不要だったようだ。彼はとても素朴だから
様づけで呼ばれたくはないのだろう。
「なんですか?」
「その…貴方は何をしたいのですか?我らを奴隷にもせず、武器を与えている。監視と交流を禁じたのみで金品も奪っていない」
疑問だったことを聞いてみた。これは戦争だ。戦争、のはずだ。それなのに、彼は略奪も…殺戮すらもしていない。
「話し合いがしたいんです」
「……………………は?」
ハナシアイ?
話し合い??
予想外な言葉に、思考が停止してしまった。
「最初は平和的に会談を申し込んだけど、シャムキャッツの王様は僕らの国が隷属するならって無茶を言われたから…」
「言われたから?」
「話し合いをせざるをえない状況にしてあげようかなって思ったんだ」
「…………………」
つまり、陛下の判断ミスでこうなったと。いや、彼がここまでの力と人脈を持っているなど、誰が予想できただろうか。
あの勇猛果敢な剣士も、強力な魔法使いの子供達も、魔法剣士の女性も、美しき魔物も青年…ポッチ様が召喚している。彼はたった独りでこの国を滅ぼせるだろう。
この純朴そうな青年がそんなとてつもない力を秘めているなんて、誰も予想できないに違いない。
「それから、僕は今のところ死傷者を出してないから」
「………………え?」
「あの動く死体の材料は、スライムとか金属とかごむなんかだよ。死体を加工したものじゃない」
「…………ええ?」
「僕とお姉ちゃんと友達が作ったんだ。ふふ、本物みたいでしょ?」
近くにいた死体人形を撫でるポッチ様。いや、死体風人形?つくりもの?死体にしか見えないのに?
戸惑う私にポッチ様は人形を触るように言った。触れば解る、と。
恐る恐る触れると…ソレは……毛が違う。肌も…死体のソレではない。毛が解りやすい。これは我が一族のものでなく、人工の品だ。
「………………よ、よろしいのですか?私にそれを教えてしまって…殺される危険はないと仲間達を集い、一斉蜂起するやもしれませんよ?」
「それはしないでしょ。ぞんびー君の事だけじゃなく、将軍さんは戦力差を正しく理解した上でここにいる」
滅ぼすだけならたやすいだろう。だが、この御方の望みは違う。
「………………」
「僕は無血で王様に会いに行くつもりだよ。屈辱を与えたことは謝れば済むけど、死んだ人は二度と戻らないから。僕の国だけじゃなく、この国も不作が続いてるよね?僕、この国も救いたいんだ」
彼は、この先の事も考えていたのか。体が震えた。これは、恐怖ではなく…歓喜だ。この方の見る未来を、私も見たい。
「…ポッチ様」
私は膝をついた。剣に誓う。私は祖国の王には誓わなかったが、この御方にならば心から誓うことができる。
「私、ジョルジ=スコティッシュフォールドは、ポッチ様をこの剣にかけて生涯お守りすると誓います」
「…………はい?」
承諾の返事ではないのは百も承知。しかし、彼に仕えたいので無理矢理押すことにした。
「ありがとうございます、我が君」
「え?はい??」
ワタワタする我が君に微笑んだ。諦めてください。私は勝手にお仕えします。
「はっはっは。流石は我が主」
「ロッザリンド!」
どうやら彼に仕える者達からも認められたらしい。
「ちが、ちょっ、だから、違うんだってばああああ!!」
混乱する我が君は年齢相応の青年に見える。だが、私は彼に『王』としての輝きを見た。未来を見据える聡明さを知った。
かつての主君から…あらゆる障害から私は我が君をお守りしよう。
すべては我が君のために。




