狂った王子
白猫の国王視点になります。
密偵からシヴェリハスの行方不明だった第一王子が見つかったらしいと報告が入った。多少士気は上がるだろうが、たかが知れている。我が国がシヴェリハスを完全に支配する日は近い。
戦続きと不作で疲弊した民に、横柄で無能な後継者。代替わりすれば即座にあの国は内部から崩壊するだろう。その時に攻めこめば、労せずシヴェリハスを侵略できる。
まさか、一般人として育てられてきた第一王子を後継にはしないだろうし、できないだろう。
「報告ご苦労」
ここで暗殺を仕掛ける等していれば、未来は変わっていただろうか。せめて私が『たかが知れている』と判断した第一王子をもっと調べるべきだった。
第一王子からこちらに書簡が届いた。内容は我が国と話し合いをしたいというもの。
降伏するならば話をしてやると返事をしたが降伏はしない。対話をしたいと書簡が来た。どうやら第一王子は平和ボケした馬鹿な犬獣人らしいと思った。
しかし、私はその考えが完全に間違いであった、完全に相手を見誤ったと思い知る羽目になる。
「国境が突破されました!!」
伝令が来た。国境は壊滅的な被害を受け、壁も砦も破壊されたとのこと。
「…何か新型の兵器でも出してきたのか?」
自分で言いながら、それはないと確信していた。今あの国にそんな余裕はない。
「いえ…その…砦はドラゴンと見たこともない鳥のような獅子のような美しく巨大な魔物と化け物みたいな男によって壊滅したとのことです!」
「魔物を解き放って襲わせた…ということか?」
いくつか魔物を操る術は存在する。しかし、低位の魔物ならともかく魔物の中で高位に位置するドラゴンを従える術があるとは聞いたことがない。
「詳細は不明です。ただ、魔物の他に大柄な男の獣人が二人、女が一人、人間の子供二人も確認されております」
「…女か子供が魔物を操っている…のか?」
「いえ、女は魔法剣士、子供達は魔法使いでどちらも恐ろしく強かったと報告されております。操っているのは………シヴェリハスの第一王子らしき人物であった、とのことです」
「くそっ!すぐに軍を動かせ!!」
たった数人だがドラゴンの群れがいるとなれば人数を集めて挑むしかない。この地にドラゴンのような強い魔物はおらず、我々は知略を得手としている。ゆえに膂力はシヴェリハスの黒犬に劣る。
暗殺に特化した戦術を得意としているため、ドラゴンへの対抗手段が思い付かない。一体ならば地の利を活かして罠を…ということもできるが、複数いるドラゴンを罠で封じられるはずもない。
一縷の望みをかけて冒険者ギルドにドラゴン退治の依頼と情報量を支払うからドラゴン攻略についての情報を得ようとした。しかし、冒険者ギルドは国の争いには関与しないからと依頼を許否。情報についてはくれたが、ドラゴンは強いとしか言いようのない役に立たない情報だった。
そして、第一王子一行は一万の兵士達を倒し、次々に町や村を襲っていった。報告から、少しずつ…しかし確実にこの王都へ近づいてきている。
そして、王都が火の海になることを覚悟した。だが、私はまだ甘かった。
王都は阿鼻叫喚。その混乱に乗じて、奴はやってきた。
優しい笑顔だった。
どこにでも居そうな、優しくて穏やかな青年。謀略とは無縁そうな笑顔。
だからこそ、余計に恐ろしい。
こいつは狂っている。こんな…腐りかけの死体を操って侍らせている状態で優しく微笑むなんて、完全に頭がイカれている。普通そうに見えることが更に恐怖を煽ってくる。
そう、この狂った王子は大量の死体を連れてきた。どの死体にも白い猫耳と軍の支給した武器と鎧…つまり、死体は自国の兵士達だった。だらしなく開かれよだれをたらす口、裂かれ、傷だらけの体、濁った瞳。大量に現れた動く死体により町は、城は混乱した。城の兵士達も、元仲間を傷つけるのにはためらいがあるようだ。
優しい笑顔で殺した兵士達を己の手駒として操る狂った王子は玉座の間に普通に歩いてきた。散歩するかのような気軽さであくまでも『普通』に。
「はじめまして。僕はポッチです。話し合いをしましょう」
その優しい笑顔こそが何よりも恐ろしい。もうこの国はおしまいだ。この穏やかな狂人に滅ぼされるのだと理解した。
怯えた私はさぞ滑稽だろう。しかし、王としての矜持がある。最悪、自分だけでも逃げ延びねば。たとえ国民が犠牲になろうと知ったことか!
私は笑顔の狂人をにらみつけた。
皆さんならきっと、真実がおわかりでしょう。見た目が普通で壊れてる方が怖い…というお話でした。




