犬と猫の内緒話
ポッチ視点になります。
ロザリンドお姉ちゃんのためにすてんどぐらすを作っていたら、深夜になっていた。集中が切れちゃったみたいだ。なんとなくアトリエを出て庭園を歩いた。
闇夜に映える白。高貴で美しく、何者にも縛られない白猫と夜の庭園。
うーん、絵にしたいぐらい綺麗だ。
「マリー?」
「ポッチ…」
珍しく元気がない。元気=マリーってぐらいなのに。しかも、庭園にある花の匂いがキツいと庭園が嫌いであるはずのマリー。ここに居ることもかなり珍しい。
「……ポッチはすごいね」
「え?」
マリーは僕から目をそらして言った。
「マリーとは、違う」
「…そりゃ、僕はマリーと違うから、当たり前だろ。僕は絵を描くのが得意。マリーは狩りが得意。マリーはマリーなんだから」
マリーが苦笑した。彼女がこんな風に笑うのは初めてだ。
「マリーは…私は生まれ育てられた場所じゃマリーでいられない。素直で命令をこなすだけの人形じゃなきゃいけないの。マリーの意思はいらないの。マリーの名前もいらないの。ただ、にっこり笑って『はい』って言うことだけが許されているの。だから、マリーはマリーでいるために…戻らない。過去から逃げきってみせる」
マリーがどんな環境にいたのか、僕にはわからない。だが僕と違って彼女には過去の記憶があり、本人の意思で戻らない…逃げる事を選んだのだ。
「マリーもすごいと思うよ。僕は…知りたいんだ。僕の本当の両親と、自分の過去を。だけど…ポッチでもいたい。つまりワガママなんだよ。そこは多分、マリーと同じだよ」
「………そっか」
さっきより表情をゆるませるマリー。
「マリー」
「ん?」
「…何があっても、マリーは僕の家族で『妹』だよ。マリーはマリーだ。僕はマリーの味方だよ。それだけは覚えていて」
「……ポッチ……」
以前マリーの絵を見て、どっかの貴族だとかいう猫の獣人がマリーに会わせてほしいと言ってきた。僕の絵を見てモデルに会いたがる人はたまにいる。いつも断っているので、この時も当然断ろうとした。
大概の人間はたまたま見た人だ的な返答をすれば諦める。しかし、その猫獣人は諦めなかった。しつこく何度も彼女は消えたご令嬢かもしれないから教えろと言われた。最後には脅しをかけてきた。
感じの悪い高圧的な男だったから、僕は適当にあしらってマリーに伝えた。その時のマリーは明らかに怯えていて、僕はお姉ちゃんに頼んで男をクリスティアから追い出してもらった。
ちなみにお姉ちゃんがどうやったのかは知らない。お姉ちゃんの笑顔が怖かった。
僕はそれからマリーをモデルにするのはやめた。スケッチぐらいはするけど、他人には見せないことにした。
マリーがマリーでいたいのなら、僕らはそれを助けるだけだ。
「…マリーはポッチがしてくれたことを覚えてる。だからマリーはポッチが困ったら、絶対に助けてあげる。ポッチはマリーのお兄ちゃんだから」
そう言って優しく笑う綺麗なマリー。僕は、この時のマリーがどんな想いでこの言葉を告げたのか知らなかった。
マリーはこの時、大きな決断をしていたのだと…僕は後になって知るのだった。
そして翌朝。たまたまその国に留学していた天才諜報員ことラビーシャにより報告がされた。
偶然じゃないような気がしないでもないが、言っても多分どうにもならないので黙っていた。
ラビーシャの報告によると、僕のお母さんが危篤状態なのは本当。情勢は不安定で、隣国と何年も戦争をしている。きっかけはとある鉱山をめぐってだったのだそうだ。決着はつかず、現在は冷戦状態なんだとか。
むしろそっちではなく内部事情の方が問題で、王弟派と王派で内部がバチバチなんだとか。
「そこにポッチが帰ってきたら、間違いなくお家騒動に巻き込まれるでしょうねぇ」
僕、行くのやめようかな…とちょっと……だいぶ思った。




