タイトルなし
とりあえずアカウントを作ったのでテスト投稿。数年前に散発的に描いた連作短編のうちの一本です。今回投稿するにあたって若干手直ししています。
喫茶店のテーブルの下に十円玉が落ちている。
たぶんあの十円玉を、私は絶対に拾えない。
まず第一に、あれは私が席に着いたときからテーブルの下に落ちていたもので、私のものではない。こういうものを拾って自らの懐に治めるひとも多いと思われるが、私はそういう行為を積極的にはしないタイプだ。
そして第二に、あの十円玉は今座っている位置から身を屈めて腕を伸ばしても届かない位置にある。この喫茶店のテーブルは普通のものとは違って、すこし特徴的な形をした大きめのテーブルなのだ。だからあの十円玉を拾うにはたぶん席を一旦立って、反対側に回る必要がある。
そこまでして拾いたいものではない。
そして最後に、あの十円玉を拾う必要性が感じられない。あの十円玉も、恐らく私を必要としていない。「私に拾われる」のとは何か別の運命がある。そこに干渉すべきではない。何故かそんな気がした。
そんなことを思いながらコーヒーを飲んでいると、どこからか高校生ぐらいの少年の一団がやってきた。
そのうちの一人が十円玉の存在に気付いた。彼はしゃがんでテーブルの下に少しだけ潜り込んだ。
そうして十円玉は一人の青年によって拾われた。彼は仲間たちと「よっしゃ、ラッキー!」などと騒ぎながら、どこかへと去っていった。
それがあの十円玉に決められた運命だったかどうか、少なくとも私はジャッジする立場にはない。