8 丸内 泰邦⑧
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「おーい、やすぅ~」
電話をしてから一分もしないうちにともと黒須くんは来た。
さて。
どんな反応が返ってくるかな。
ちなみに今ぼくがいるのは、駄菓子屋の前ではなくて学校側。
学校側にはガードレールがあって、それに腰かけている状態だ。ガードレールといっても、車道にあるがっつりしたのではなくてもっと簡易的なやつだ。
ツカサくんは、さっきぼくが隠れようとした駄菓子屋さんと雑貨屋さんの間にある雑貨屋さんの自宅へと続く階段のところに隠れている。
ぼくのほうからは見えるけれど、ぼくの左側から来た二人にはツカサくんの姿はちょうど建物の陰に隠れていて見えないようになっている。
あ、ツカサくんがいたずらっ子のように笑っている。
何か、ツカサくんもやっぱり子どもなんだなぁって思ってしまう。
「思いの外時間かかったな」
「うん。ちょっと閉店の時間が延びちゃって」
「そうか」
ぼくの頭に手を乗せている黒須くんを見上げながら頷いて答えると、黒須くんは手を動かしてぼくの頭を撫で回してきた。
くすぐったいんだけど……。
「ねえやす、店の中に誰かいたんだよね?」
うん、いるよ。
ともと黒須くん、二人のすぐ後ろに。
「俺のことかよ」
「ぎゃああああああああああっ!!!!!!!!!!」
おお、すごい跳躍力。
バレーボール選手かバスケット選手になったら活躍できるんじゃない?
そんな冗談は置いておいて、ともの驚きようは半端なものではなかった。
ともの口元を抑えて、ツカサくんと黒須くんに周囲の様子を窺ってもらえるように目で合図を送ってみる。
どうやら通じたらしく、二人はぼくたちから少し距離を取って周辺の家や道に注意を払ってくれている。
「ともっ、ちょっと声大きすぎだよっ」
「ご、ごめん……」
小声でともに注意すると、ともも小声で返してきた。
ちゃんと反省しているらしく、その顔は少し暗い。……んだけど。
「何で、ちょっと嬉しそうなの」
こいつ、ぼくが首から腕を回して口を塞いだあたりから何だかそわそわしているというか、嬉しそうにしているんだけど。
どういうことだ。
何でこの状況下で反省と一緒に嬉しいという感情が出てくるんだ。
おい答えろ。
「い、いや……あの、体が、近い……」
今度は顔を赤くしたぞ。
ちょっと反省が足りないんじゃないのか。
んんー? うりうり。
「ちょっ、くすぐったいってっ。あははっ」
ちょっとお仕置きが必要みたいだったのでくすぐってみる。
ともの急所は知り尽くしている。
どこをくすぐられれば喜んで、どこをつくと嫌がるのか。
全部知っているから、今回は喜ぶけど少し嫌がるところをくすぐってやる。
お仕置きなんだから、それくらいしてやらないとダメだろう。
「オイコラそこのちび二人。何道のど真ん中でじゃれてやがる」
ツカサくんに怒られた。
ちょっと度が過ぎてぼくまで楽しんでしまった。
反省しなければ。
「ごめん。……どうだった?」
息が切れているともを解放し、戻ってきた二人に対して訊ねてみた。
「ああ。大丈夫そうだ」
「こっちもな」
ツカサくん、黒須くんの順で辺りに変わった様子はなかったことを報告してもらうと、ぼくは頷いて返した。
さっきともが大きな声を出したのは聞かれていると考えてまず間違いないだろうし、最悪の場合夜中に小学生が遊び回っていると警察に通報されていると仮定すると、それはかなりまずいことだ。
ただでさえ学校に忍び込もうとしているのに、もしもその最悪の場合が起こっているのだとしたら、ぼくたちはとても危うい立場にいることは逃れようのない事実なんだ。
早急に用件を済ませて帰らないと、何が起こるか分かったものではないからね。
それを考慮に入れたうえで、ぼくたちは黒須くんの侵入作戦を聞かなければならない。
「つ、ツカサ……」
その前に、ともがツカサくんに話があるみたいだ。
「ああ。やすから話は聞いたよ」
「……」
「学校に忍び込むなんざバカみたいな考えだけど、……協力するよ」
「うん。……ありがと」
あれ?
ちょっと意外な展開……でもないか。
ツカサくん、ぼくが話をしている間ずっと真剣に聞いていたし、終わったあとも少し考え込んでいた。
もしかしたら、ツカサくんは何かを知っているんじゃないのかな。
……何となく、そんなふうに思った。
「よし。恭哉、俺とやすにも話してくれ」
「ああ」
ということで、改めて侵入作戦の全容を聞くことに。
ともは、公園でぼくからの連絡を待っている時に大方の作戦というか、学校の門を突破したあとどういうルートで教室まで行くのかをすでに聞いていたらしい。
ともが作戦のすべてを理解したかは別として、黒須くんがぼくとツカサくんに話してくれたのは次の通りだ。
まず、門からの侵入方法。
この場合の門は、正門ではなくさっきから何度も触れている人一人が入れるくらいの狭い門のことだ。
この門のことをもう一度確認しておこう。
門には、「小さな鉄のつっかえ棒」と「ダイヤル式の南京錠」、二つのダミーの鍵が取り付けられている。
つっかえ棒はスライドさせればするりと抜け、南京錠は少し強めに叩いたら簡単に落ちる。
これは、ぼくもさっき少し確認してきたので、間違いはない。
つまり、門からの侵入は簡単にできる。
次に、門を抜けたあとの話。
門を抜けたあとは、当然校舎へと向かわなければ始まらない。
校舎へ向かうには何通りも方法はあるけれど、今回は体育倉庫の裏をそのまま通って正門のほうを向きながら校舎を目指す。
校舎近くに着いたら、今度は中に入る方法。
ぼくたち五年生と六年生の教室がある校舎(三号館と呼ばれている)には、一階の下駄箱に入るところにちょうど二階の窓くらいの高さに屋根がある。日よけみたいなもので、運動会の時はそこに整列して待機するんだ。
その屋根は、普段は禁止されているんだけれど、上に児童が乗ることができる。足をかけて上ることができる場所があって、はしごなんて使わないで上れるんだ。
その屋根に上ると二階の廊下の窓がちょうど四つ並んでいる。当然まだ窓はあるんだけど、屋根の長さからはその四つがちょうどのところにあるっていうだけだ。
四つの窓の右(非常階段のほう)から二つ目、その窓は実は夜でも開けることができるらしい。
理由は、黒須くんが毎回帰る前にこっそり窓の鍵に細工をしていくからなんだそうで。……何でそういうことしていくかは訊かないでおいた。
で、校舎に入ってからのこと。
窓から入ると、目の前には職員室がある。
ここで先生が残っていた場合は、先生が帰るのを待つのも時間的に厳しいので、どのみちこそこそとその階をやり過ごすしかない。
そして、窓から入って左に向かい、階段を上って三階へ。
三階に着いたら、五年一組の教室へ。
普段は全教室に鍵がかかっているんだけど、どうやら五年生の教室の鍵は黒須くんがこれまた細工しているらしい。
なので、教室にさえ着いてしまえばあとは簡単に目的を達成できるんだって。
脱出の時は、当然今の手順を逆に進むわけなんだけれど、行きも帰りも警戒するべきなのは警備員さんの存在だ。
警備員さんはちょうどこのくらいの時間に校舎内を見て回るそうだ。
警備員さんが回るコースは、人によって当然違うし、同じ人でもその日によって変わる。
予想が立たないから、これだけは気を張り詰めておかないといけない。
まあ、これは見張り役を決めておけば問題はないだろう。
それに、四人で協力すれば何とかなるとも思う。
甘い考えだろうか。……うん、甘すぎるかもしれないね。
ここまで話して、黒須くんは目を閉じて一度間を置いた。
そして、一息ついてから目を開けて、ぼくたちに向かって訊ねてきた。
「これが、学校に忍び込む手順だが、何か質問あるか」
一つ気になったので、訊いてみることにした。
「はい。確か、下駄箱の入口のところにも小さいけど防犯カメラあったよね。丸型の……割と広範囲を撮れるやつ」
「ああ。あれニセモンだよ」
何だ。
そうだったのか。
じゃあ、やっぱり問題は警備員さんってことになるね。
「そういうこった。他に質問は? ……ないようなら、さっさと始めよーぜ」
ということで、ぼくたち四人による学校侵入作戦は開始された。
ともの勉強道具取りに来ただけだったのに、何か妙に大ごとになっているような気がするのは、……気のせいだろうか。
まあ、頼り甲斐のある二人がついていてくれるんだ。
ぼくとともの二人だけだったら、たぶん忍び込む前に諦めて帰っていたかもしれないな。
今は余計なことは考えずに、作戦に集中しよう。