7 丸内 泰邦⑦
隠密行動、その行き先は?
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正門からよりも少し行った先、二十五メートルプールよりは少し短い距離のところに黒須くんが言っていた人が一人通れるくらいの狭い門はある。
その門のすぐ目の前には、普段は児童の通学路となっている道がある。自転車とかも普通に通るし、一方通行だけど自動車も通ることがある。
で、問題は次。
例の狭い門から道を挟んで真正面、そこには一軒の駄菓子屋がある。
そのすぐ隣には小さな雑貨屋さんもある。
雑貨屋さんは夜になるとすぐ閉まってしまう。だから今はもう開いていないので、ここでは問題にはならない。
問題なのは、駄菓子屋。
今の時間だとあと少ししたら閉まるんだけど、今はまだ開いている。閉店まであと五分ってところかな。
何が問題かというと、その駄菓子屋の位置。
さっきも言ったけど、この駄菓子屋は例の狭い門のちょうど真正面にある。
つまり、侵入にはこの駄菓子屋をどうにかしないといけないんだ。
それに、この店のおばちゃんがまた厄介なんだ。
普段はとても優しくて、気軽に話しかけてくれてお菓子をおまけしてくれたり悩みごとの相談に乗ってくれたり、ぼくもともも、もちろん他のみんなもお世話になっている。この街の子どもならおばちゃんのことを知らない子はいないってくらいだ。
だからこそ厄介なんだ。
おばちゃんは駄菓子屋に訪れる子どもの名前も、通っている学校も知っている。
別に情報の漏洩というわけではなくて、何となくでも通っていればどこから来たのかとか誰のきょうだいだとかを把握できるし、話の中で出てくる。
悪さなんかした日にはすぐにでも学校に連絡が入り、呼び出しなり何なり、とりあえず大変なことになるのは分かるよね。ぼくも何度かそういう目に合っている子を学校で目撃している。
そして、おばちゃんは一度目をつけると、監視……と言っても過言ではないほどかなりしつこくその子を見張る。何というか、かなり目が怖い。
前に、悪さというほどでもないけど少し問題を起こしてしまった子がいた。その子とたまたま一緒にお菓子を買いに来た時があったんだけど、その子に対するおばちゃんの目が殺意とは違うけれど、本気だった。
……今思い出しても、おぞましい。
とにかく、駄菓子屋のおばちゃんに見つかるのはおろか、怪しいと思われてはいけない。
そのことを分かっているからこそ、黒須くんはぼくに駄菓子屋の様子を探りに行かせてくれたんだ。
と、そうだった。
今ぼくがいるのは、駄菓子屋の隣にある雑貨屋さんの前。
さっき言ったんだけど、こっちはすでに閉店時間を過ぎているのでシャッターが下りている。なので、隠れるところのないこの辺りでしばらく滞在するにはちょうどいい。
道を横断して、学校側に行けばポストはあるんだけど、さすがにぼくでも隠れられないよ。
さて、さっそく駄菓子屋の中の様子を窺ってみようか。
足音を立てないようにしなくては……。
ちなみにこの駄菓子屋、店の入口前には向かって左側に自販機、右側にはガシャガシャがある。
今ぼくが身を潜めているのは、自販機の前。
よし。
とりあえず黒須くんに電話だ。
「……ヤス。どうだ」
一コールで電話に出た黒須くんに、駄菓子屋が開いていることを伝えた。
中の声は、引き戸が閉まっているので聞こえない。
ガラス……ではなくて、ええと、強化ガラスでいいんだっけ。あの割れにくいやつ。なので中の様子を確認するのは簡単なんだ。
「んじゃ、中におばちゃん以外誰かいねーか確認してくれ」
「分かった」
指示された通りに中を覗き込んで、おばちゃん以外に人がいないか確認してみる。
……ん? 今、奥のほうに誰かいた気がする。たぶん、男の子。ぼくと同じ歳くらい……かな。
すぐに黒須くんに伝える。
「ソイツ、知ってる奴か?」
んー、一応目を凝らして中の様子を探ってはみているんだけれど……。
「……だめ。レジに隠れてよく分からない。ごめん」
ちょうどレジの近くにある陳列棚のほうに向かってしまったので、ちゃんと確認ができない。
おばちゃんと何か話しているのかな? おばちゃんが楽しそうに笑っている。
会計になれば、顔を見ることはできると思うけど……そうするとおばちゃんにも、今店内にいるその子にもぼくの顔を見られてしまう。
それは絶対にダメだ。
顔を見られるのだけは絶対に避けなければならない。
……おっと、中の子がこっち向いたかも。
「そうか。分かった」
電話越しの黒須くんの声は、何かを考えているらしいことが窺える。
電話の向こうでは、ともが何か言っているみたいだけど、よく聞き取れない。
黒須くん、少し離れたところで電話しているのかな?
そんなことを考えていたら、黒須くんが口を開いた。
「んじゃ、悪ぃがソイツが出てくるのと、店が閉まるまで見張っててくれるか」
「分かった」
「何かあったらすぐに電話してこい」
「了解。じゃあ切るね」
黒須くんとの通話を終了。
さて、このまま自販機の前にいると、中の子が出てきた時に見つかってしまう。
というか、まず閉店時間になった時におばちゃんに見つかりかねないから、結局はどこかに隠れていないといけなかった。
実は、駄菓子屋と隣の雑貨屋さんの間には、雑貨屋さんをやっている人の家へと続く階段がある。
駄菓子屋さんも、雑貨屋さんも、二階に家があるんだ。
とりあえずそこに移動しよう。すぐそこだけど。
そう思って踵を返した時、駄菓子屋の入口の引き戸から物音が聞こえてきた。
……えっ、物音?
「よう、やす。何やってんだ?」
……この声、すごい慣れ親しんだ子のものだ。
どうやら、さっき駄菓子屋の中にいるのを確認していた子が出てきたらしい。
んー……非常にマズいな。
まさか、想定していた事態の上をいく結果になるとは。
「やあツカサくん」
駄菓子屋の中にいたのは、ツカサくんだった。
何てことだ。予想外にもほどがあるぞ。
運が悪いとしか言えないな。……ともが、だけど。
塾帰りかな、放課後にあった時とは違う鞄を背負っている。塾指定のものではないみたいだ。
「ツカサくん、塾帰りなの?」
一応訊きたかったことを訊いておこう。
たぶん間違ってはいないだろうけど、違う場合は変に踏み込んではいけないからね。
そういうところの確認はしておかないと。
「俺の質問に答えろ。ここで何やってんだ」
ちっ、話を逸らせないか。
やっぱり小手先の作戦ではツカサくんを欺くことはできないらしいな。
さて何て言おうか。
「少し散歩してて。そしたら自販機の前で小銭落とし「やーすーっ」
ダメか。
仕方ない。
ツカサくんには嘘は通じそうにないし、信頼しているから、本当のことを話してしまおう。
ごめん、とも。
下手したら拳骨を一緒に喰らうことになるかもしれない。
その時は我慢してもらおう。
「実は……」
ぼくは、今この駄菓子屋の前で何をしていたのか、そのことをともが忘れ物をしたというところから順序立てて話していった。
といっても、そこまで長く話すつもりはなかったので、ある程度搔い摘んでの話だけれどね。
「……なるぼどね」
説明を終えてふぅと一息ついたタイミングで、ツカサくんは納得したような顔をした。
駄菓子屋は、ツカサくんに説明している最中に店を閉めたのを確認した。
街灯はあるけれど、夜なのだから辺りは暗い。
けど、駄菓子屋前にある自販機の光が強いので、ぼくたちはお互いの顔を確認するのには困っていない。
「店の外で小さいのがこそこそしてると思ったら……そういうことだったのか」
さっき話している途中にツカサくんが奢ってくれた自販機で売っていた麦茶をすすりながら、ぼくは少し考えていた。
ツカサくん、ぼくの話を聞いている時少し楽しそうにしていたんだよなぁ。
何と表現したらいいんだろうか。
そうだなぁ……簡単に言うと、男の子って感じの目をしていた、かな。
うん、好奇心というか、冒険心というか。
そんな感じの感情が顔全体に表れていたって感じ、と言ったらいいのかな。
夜の学校に忍び込むなんて、確かに少しわくわくするかも。
犯罪だよなぁとか考えていたけれど、今になって少しだけ楽しくなってきたぞ……。
そうか、こんな気持ちになれるんだな、ぼくも。
あ、そういえば。
「ツカサくん、さっき訊いたんだけど、塾帰りなの?」
「え? おう、そうだけど」
ふーん。
やっぱり塾帰りだったのか。
「それ、今重要なことかよ……」
「だって、質問に答えてもらえないのってあんまり好きじゃないんだもん」
「あー、そういう性格だったな……」
呆れられてしまった。
と、そんなことより、駄菓子屋が閉まったんだからそろそろともと黒須くんのところに戻らないといけないね。
いつまでも待たせているわけにもいかないし……って、こっちに来てもらえばいいか。
この時間は人通りもほとんどないし、目撃者の心配は正直駄菓子屋のおばちゃんだけだったんだよね。
ということで、黒須くんに電話をかけることにした。
「待った」
待ったをかけられてしまった。
何だろう。
もう帰るつもりだから電話はその後にしてほしい……とか?
「俺がいることは言わないでくれ」
「えぇ?」
どうせこっちに来たら分かることなんだから、黙っていても仕方ないような気もするんだけれど。
……あっ、分かった。ともだ。
ツカサくんがいることをともが知ったら、帰るとか言い出しかねない。
それを見越して黙っていてほしいってことか。
でも、結局こっちに来たら同じことになる気がする。……まいっか。
「分かった。じゃあ、電話かけるね」
ということで改めて黒須くんに電話をかけて、駄菓子屋が閉まったことを伝え、こっちに来てほしい旨を伝えた。
駄菓子屋でした