6 丸内 泰邦⑥
目を丸くしているともを尻目に、ぼくはとりあえず無理を言って来てもらった彼に、メッセージで簡単に説明はしていたけれど、今回の呼び出しの理由を詳細に話すことにした。
まあ、メッセージも簡潔にではあったけれど要点はちゃんと抑えていたから、そこまで細かく話さなくてもいい気はする。
訊かれたら返せばいいか。
って、ともはまだ驚いているのかな……?
「な、何でキョーヤがここに……?」
いや、さっき話したじゃん。
「助っ人だよ。今回手伝ってもらうんだ」
「よろしく」
ああ、ネタばらし。
今回ぼくが無理を言って来てもらったのは、黒須くんだ。
んー、何だろうか。無理言って来てもらった割に、黒須くんって夜に出歩いているイメージが強いからあんまり罪悪感がないんだけど。
と、何故呼んだかだよね。
「助っ人って……。だから、何でキョーヤ……」
うん。
黒須くんに視線を向けると、彼は「いいんじゃねーの」と声に出さず口パクだけで伝えてきたので、頷いて了解したことを伝えた。
話してもいいってことだな、うん。
じゃあ、遠慮なく。
「黒須くんってさ、見た目不良っぽいでしょ?」
「うん確かに」
「オイオマエらやっぱぶん殴ってやろうか」
冗談は置いておこう。
真面目にいこう、真面目に。
「で、まあ、見た目に反することなく中身も悪くてね」
「オイヤス」
「まあまあ。それでね、黒須くんたまに授業サボって学校内の色んなところで過ごしてるんだ」
「……えっ? 何でやすがそれ知ってんの?」
……あっ。
「たまに捜しにいくんだよ。先生に頼まれて」
「ふーん。キョーヤっ、あんまやすに迷惑かけんなよっ」
「そらお互い様だ」
「うっ……」
話が進まないから。
黒須くんはたまに授業をサボる。
その時に彼は学校内の至る所に「サボり場」をいくつも作っていて、毎回場所を変えて時間を潰している。
ぼくはそのサボり場を全部知っていて、というより一緒に昼休みを過ごすこともあって、教えてもらったんだ。だから都合上黒須くんがサボった時は何となくでも場所が特定できてしまうことから、よく先生に呼びに行くよう言われてしまう。
で、一見関係ないような話に聞こえるかもしれないんだけれど、それだけ学校の中にサボり場を作ることができるということは、少なくとも学校内に詳しいということだ。かくいうぼくも黒須くんについていくこともあるので、学校内には案外詳しくなっている。それこそこの学校に通っている人よりももっと詳しいと思う、ぼくも黒須くんも。
といっても、ぼくは黒須くんよりは、並の児童よりも少し詳しい程度。
それに比べて黒須くんは、もう学校が実家であるように使いこなしている。
つまり何が言いたいか、もう分かったかな?
「キョーヤが学校の中に詳しい……ってことは、あっ! そっか! 学校に侵入する方法も知ってるってことか!」
ふぅ……やっと辿り着いた。
そういうことだ。
黒須くんに来てもらったのは、その学校内の知識を生かしてどうにかして学校に侵入できると考えたからだ。
呼び出す際に少し訊ねてみたところ、侵入するのなんて簡単だと言っていたので、安心だ。その発言がなくても黒須くんなら安心して任せることはできるけれどね。
「ん。ま、大体の事情は分かったから、とっとと終わらせちまおうぜ」
面倒臭そうな顔をしながら、黒須くんは伸びをしてぼくたちに学校への侵入方法を話し始めた。
ぼくとともはブランコに腰かけて少し揺らしながら、ブランコ前にある低い鉄柵に腰を落ち着けている黒須くんの説明を聞くことにした。
「まず、オマエらどう侵入するつもりだった?」
この質問には、ぼくの隣でブランコを揺らすのが少し楽しくなってしまったらしいともが、我に返って答えた。
「正門は防犯カメラがあるからなしで、他の門ももしかしたらあるかもしれないからパス。で、石塀からの侵入も考えたけど、イガイガのせいでパス。……ってとこかな」
「ふーん。まあ、妥当なほうだな」
ともの返答に黒須くんは二、三度頷くと、言葉を続けた。
「つまり、現状侵入方法はなしってことだな」
「「うん」」
ともと声が重なった。
間違いはないので次に進んでもらおう。
「んじゃいいこと教えてやる。防犯カメラの件だが、答えを言うとあれは夜になろうが電源がついてる。そんで、他の門にも正門ほどあからさまではないが防犯カメラが存在する。当然こっちも夜になっても電源は入ったままだ」
黒須くんの話は続く。
今の話をまとめると、防犯カメラの有無が判明した時点で、門からの侵入は不可能ということが確定した。
つまりは石塀からの侵入か、その他の方法を教えてもらうしかない。
と思っていたら、少し意外な話が飛び出した。
「今の話で門からの侵入が不可能って考えたんなら、それは違う。侵入できるとこはあるからな」
ぼくとともはその言葉に顔を見合わせた。
どういうことかさっぱり分からなかったからだ。
ともの顔がきょとんとしているから、たぶんぼくもほとんど同じ顔をしているんだろう。
「確かに、すべての門には防犯カメラがどこかについてる。普段から使う門には、だ」
ん……?
今の言い方だと、他に門があることになるけど……。
「その通り。普段は使うことのない、見落とされがちの門がある」
「そんなのあったっけ?」
ともの問いかけにぼくは「さあ?」と首を傾げることしかできなかった。
そんなところ本当にあったかな? ダメだ、まったく心当たりがない。
「普段は使わないから、正直門としての認識が薄いんだ。ほら、正門入って少し行ったところに体育倉庫あるだろ。あの裏、人が充分通れるだろ。そこに、人が一人通れるくらいの狭い門があるんだ。あそこから入れる」
ええと……あっ、体育倉庫の裏か! 思い出した。
確かにある。
この学校の運動場用の体育倉庫は二つが少し間を空けて隣り合って設置されている。そのすぐ傍にはブランコ、砂場、上り棒という順に遊具があって、そのすべての裏には人が普通に通ることができるスペースがある。
ブランコと砂場のすぐ後ろには、大きな門があって、これは防犯カメラが付いている。
話が逸れてしまったので修正すると、体育倉庫の裏には人……成人男性でもまあ通ることができる狭い門がある。
その門のことを黒須くんは言っているんだ。
なるほど。
それは確かに見落としていた。
あれ? でも、どんな形であれ門なんだよな……。
「ヤス、今気づいただろ」
「うん。鍵の問題がある」
「そうだ」
これは、黒須くんが挙げた門だけの話ではない。
他の門にも当てはまる問題だった。
これは……しまった。うっかりというには致命的すぎる、見落としだ。
例え、正門からの侵入が可能だとしても、鍵がかかっていたら侵入方法に変更を加えないといけなくなる。
いや、どのみち門をよじ登って越えるつもりではあったんだけれど。
「が、この門には鍵がかかっていない」
「「えっ?」」
またともと声が重なった。
鍵が、かかって、いない……?
「厳密には、かかっているように見せかけている、だ」
「つまり、簡単に開く……?」
「その通りだ、ヤス」
どうやら、今の話はこういうことらしい。
その狭い門には、「小さな鉄のつっかえ棒」と「南京錠」が取り付けられている。
鉄のつっかえ棒というのは、門によくついている簡易なロックができるスライドさせることのできるあれのこと。南京錠は、キーを差し込んで開けるタイプではなく、ダイヤル式のものらしい。
で、その二つは体育倉庫裏の狭い門を一見ロックしているように取り付けられているんだけれど、それは真っ赤な嘘なんだとか。
具体的には、つっかえ棒は何となく差し込んでいるだけで、スライドさせればするりと抜ける。
南京錠もロックしているように見えて、金具がバカになっていて黒須くん曰く「少し強めに叩いたら簡単に落ちる」そうだ。
これは、黒須くん自身が試しているらしいので、有力な情報だ。
何か、さっきまで真剣に考えていたことがバカらしくなるくらい簡単な方法が見つかってしまった。
「まずはそこから侵入。……なんだが、簡単に入れる代わりにちと問題がある」
……うん。
ぼくも今思い出した。
簡単な方法だと舞い上がっていたら、うっかり「失敗」してしまうところだった。
ともも思い出したらしい。
どうするべきなのかが分からず、困った顔でぼくと黒須くんを交互に見ている。
「ヤス」
黒須くんが静かにぼくの名前を呼んだので、小さく頷いて、できるだけ足音をさせないようにしながらその狭い門のほうに走っていった。
これはきちんと確認しておかないといけないことだ。
やすは隠密行動に慣れてるのかしら
それを指示するキョーヤもまた何者なのよ