4 丸内 泰邦④
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夕食を終えてともの部屋で遊ぼうという話になったので、向かおうとしたらくにあきも一緒についてきたそうにしていたので抱えて二階へと。
んー、ちょっと調子に乗って食べすぎたかもしれない……。おばさんがたくさん勧めてくるから遠慮するのも申し訳なくて結構無理してしまった。
「やすにしてはかなり食べたね」
「うん。おばさんの料理おいしいし」
「無理して食べなくてもよかったじゃん」
「……ともには敵わないなぁ」
「少しゆっくりしときなよ。飲み物もってくるから。やすはむぎ茶でいいよね」
「うん。ごめん、ありがとう」
ともが階段を下りていくのを確認して、くにあきの頭を撫でながらともの部屋を見渡してみる。
ほぼ毎日来ている(その反対もまた然り)部屋なので、あまり変化なんてものは感じられない。年単位で見ていけばかなり趣味や好みが変化しているのは感じられるけれど、それもずっと見てきたので大して何かに驚いたことはない。
……あっ、漫画が増えている。
一昨日見た時にはなかったから昨日買ったのかな。
またお小遣いが足りなくなったとか言い出さないかな。
ともならあり得るな。
「やす、今バカにしたでしょ」
「何ですぐ疑うのさ」
いつの間か戻ってきていたともの手には、おぼんに乗ったむぎ茶の入ったコップとオレンジジュースの入ったコップ。
少し不機嫌そうな顔をしてむぎ茶の入ったコップを手渡してくるともをぼくも少し睨みつけながら受け取る。
まったく。
悪いことなんて何一つ口には出していないんだからいいじゃないか。口には出していないんだから。
と、あんまり睨み合いが続くとケンカになりかねないので、素直に謝ろう。
「ごめん。漫画が増えてたから、またお小遣いないって騒がないかなぁって思っただけだよ」
「……この前やすに言われてからちゃんと貯金してるから、あのくらいなら大丈夫だよ」
「ふーん。それならいいや」
もう怒ってはいないみたいだ。
正直に言えば、ともならある程度は許してくれる。
時々許してくれないだろうなぁということを黙っていたら見抜かれて結局ケンカになることもあるけれど、些細なことならまあ許してくれるはずだ。ぼくも大抵はそうだし。
「……でさ、その……約束……」
「うん?」
むぎ茶をいただいていると、オレンジジュースをちびちび飲んでいたともが急に口ごもり始めた。
食事中とかめちゃくちゃ喋っていておばさんに怒られたくらいうるさかったのに突然静かになるなんて、何というか最近のともは少しおかしい。
最近おかしいというのは、まあこうやって急に顔を赤くして黙ってしまうことが増えたってことなんだけれど。普段なら、というか少し前までは急に黙ってしまうことなんてほとんどないくらい喋るのが好きだったんだ。
……原因は分かっているんだけれどね。
それを言い出さない、いや、あえて言わないのは、……何かまたぼくまで恥ずかしくなってきたじゃないか。
とりあえず話を聞かなくちゃ。
大事なことみたいだしね。
「……勉強、教えてって、約束……」
ああ、そうか。
学校帰りにした約束のことだ。
ちゃんと覚えていたんだね。口約束で終わらせてしまうんじゃないかと危惧していたくらいだ。
そこはちゃんと褒めるところだろう。
そして、やる気も本物であることが確認できたことは大きい。
ともの場合、一度決めたことは基本的に投げ出さない。
必ずというわけではない。
ともだって続けられないことはとことん続けられない。
でも、今でも続けていることは両手を使っても足りないくらいあるんだ。
それに対して、投げ出したことの数は片手だけしか使わないほどしか存在しない。投げ出したのだって、当時のともでは到底手が届かないことだった。諦めたとしても、よく頑張ったと評価されるくらいまで頑張っていたんだ。
今回の勉強に対するこの熱意は、長く続くのか、それともどこかで揺らいでしまうのか、それは分からない。
けれど、現在の彼がやる気を出しているのは事実なのだから、ぼくはそれを全面的にも、陰からであろうと支えるし応援する。
……話が逸れてしまったね。
「ああ、うん」
「な、何だよ、その顔……」
おっと、さすがに隠せないか。
「いや、今日やるとは思ってなかった」
「えっ? だって、あとでって……」
「うん。確かに言ってたけど、土日でやるのかと思ってたよ。それこそ、日曜日に言ってくるかとすら思ってた」
「えぇー……」
うーん、悪いことをしてしまった。
反省しなくては。
ともだから油断してしまったのかもしれないけれど、その人を普段の行動だけで判断してしまった。
いけないいけない。
応援しよう、支えていこうと決めたのに、こんな形で出鼻を挫いてしまっては本末転倒じゃないか。
「本当にごめん! やろう! とことん付き合うよ!」
「うん! ありがと!」
大きく頷くと、ともは部屋の隅から折り畳み式のテーブルを取り出してきた。
普段一緒に宿題をする時やお菓子を食べながらゲームをする時などに使う見慣れたものだ。
部屋の真ん中で展開されたテーブルの上にともが筆箱を置いたのを確認すると、ぼくもそのテーブルの前に座り込む。
小さい時からよく使っているから、割と年季が入っているような気がする。
まだ壊れていないようなので、ともにしては大事に使っていることが分かる。
ともって物を乱暴に扱うんだよね。
ランドセルとか傷だらけだし、下敷きなんて何枚割れたことか。
あとひどかったのは、ヨーヨーで遊んでいて自宅の押入れのふすまを破ったり花瓶を割ったりしたことかな。……原因のヨーヨーはぼくがあげたものだから、あんまり強くは言えないけれど。
このテーブルも所々に傷はあるけど、致命的といえる傷はないから保っているほうだ。
そういえば、ぼくの部屋にも同じものがあるんだ。
実はこれ、幼稚園の……えーと、年中の時に買ってもらったんだ。当時のことはよく覚えていないけれど、とにかくお揃いのものがいいと二人で親を説得して選んだのがこのテーブルだった。
お揃いということなら、今使っている携帯電話も色は違うけれど同じものだ。
母さんが色々都合がいいからと四年生の時にぼくに持たせたことから、ともも欲しいとごねておばさんが渋々与えた、という経緯はあるんだけれど。
まあ、そのおかげでともとの連絡が楽になったし、ツカサくんや黒須くんたちスマホを持っている組との連絡手段も確保できたので母さんには感謝してもしきれない。
というか、贅沢ばかりさせてもらっていることがむしろ申し訳ない。
あ、そうだ。
谷口くんからメッセージが来ているはずだ。確認しておこう。
うん、約束通りちゃんと送ってくれていた。
ええと……来週の月曜日、帰りの会が終わって放課後になってすぐ。場所は運動場。
滅多なことじゃ忘れないんだけれど、一応間違いがないかをしっかり確認しておかないといけないよね。
ん……「月曜、絶対よろしくな!」、だって。
返信しておかないと。
何て送ろう……「ありがとう。ちゃんと参加させてもらうよ。」っと。これでいいか。
……ところで、さっきからともが勉強机の上に置いてあるランドセルの中を漁りながら困ったような顔をして立ち尽くしているんだけれど、どうしたんだろう?
「とも?」
「……れた」
うん?
声が小さすぎて聴き取れなかった。
仕方ないので立ち上がって近くまで寄ってみる。
くにあきはいつの間にか一階のおばさんのところへ行ってしまったようだ。
「ごめん、何て言ったか聴き取れなかった。もう一回言ってくれる?」
「……忘れた」
「忘れた? 何を?」
「……教科書」
「えっ? だって、帰る時にランドセルに……」
「今日やろうと思ってた分、何個かロッカーの中に忘れてきた……」
「えぇ? じゃあ、今日は諦めるしかないね。他はまた月曜日にでも……「ダメ! き、今日やりたいんだ……今日」
うーん……。
「そのやる気は買うけど、さすがに忘れたのはどうしようも……」
「……」
ああ……黙り込んでしまった。
どうしよう……ここまで落ち込むなんて思ってもいなかった。
「じゃあ、明日取りに行ってみようよ。少年野球やってる日だし、先生も来てるだろうから学校は開いてるはずだよ」
「あっ、明日は! ……やすと、映画だから……」
少し学校に寄ってから行けばいいと思うんだけれど……それはしたくないらしい。
困ったなぁ……。
「……あっ」
ん?
何か思いついたみたいだ。
何か嫌な予感しかしないけれど。
「今から学校行こう」
「今日は何曜日で、今の時刻を分かった上での発言であると信じて言うけど、開いてるわけないでしょ」
「そんなの分かってるよっ」
「……ねえ、まさかとは思うんだけど」
「さすが、やす! 心が通じるね!」
「……とりあえず、もしそれをやるんだったら、ぼくとケンカして勝ってからにしてもらうけど」
「こういう時のおれは、やすとのケンカで負けることのほうが少ないの、知ってるよね。体力の無駄遣いと余計な傷増やしたい?」
……正直言うと、今すぐにでも張り倒して気絶させて、バカな考えを止めてやりたい。
けれど、ともの言う通り、こういう時のこいつはとにかく想像以上にケンカが強くなる。
さっき話した、くにあきの件がそれだ。
だから、ぼくもいつも以上に本気で応戦しないと、とも以上に傷だらけになってしまう。
普段ならそれでもいいんだけれど、今回は少し……うん、ともが勉強にやる気を出したのを応援するって決めてしまったから、協力してやりたい気持ちのほうが強いんだ。
ここは、面倒なことになるのを我慢して、ともに従うしかない。
気乗りしないけれど、……ともだけが叱られたり、怒られたりするのは絶対に避けたい。
そういう時は、ぼくも一緒に、だ。
「……はぁ。分かった」
「へへっ、やっぱやすは優しいなっ」
……究極的には、ぼくだけが責められればいい。どれだけ自分に災いが降りかかろうと、ともに影響がないのなら、いくらでも受けてやる。
それが、ぼくが彼に返せる、最大限の感謝の気持ちだ。
「学校に忍び込もう」
そう、彼に対する、今のぼくの究極の感謝の気持ちだ。
犯罪です。
良い子は真似しないでね。