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BOY'S AUTOBIOGRAPHY  作者: 岳元らいと
3/25

3 丸内 泰邦③

・・・・・・・・・・




 玄関の扉を開ける。

 家の中の明かりはついていない。

 ひどく静かだ。


「ただいま」


 暗い家の中に向かって少し大きめの声で言ってみる。

 がらんとした家の中で少し声が反響したような気がした。

 返答はない。

 一階のリビングや台所、風呂場などから物音がすることもない。

 二階からも、何も聞こえない。


 これがぼくの日常だ。

 学校から帰っても「おかえり」と言ってくれる人はいない。

 いないというのは深い意味はなく、ただこの時間には働きに出ているというだけのことだ。

 もう慣れてしまった。

 小学校に上がる前から、幼稚園の頃からずっとぼくは待っている側だった。

 一人で何時になるのか分からないその人の帰りを待ち、そしてその人に向かって「おかえり」と返す。

 慣れてしまえば何のことはない。


「……くにあきー?」


 ぼくは母子家庭の一人息子だ。

 父さんはぼくが四歳の時に出張先の事故で亡くなってしまった。あまり詳しく覚えていないけれど、今さら悲しいとも思わない。母さんが悲しくないように努めていたのかもしれないけれど、もうそんなことに興味はないし。

 母さんは毎日早朝に会社に行き深夜に帰ってくることがほとんどだ。下手したら会社に泊まることだってある。

 母さんと上手くいっていないかというと、そんなことはない。

 母さんが休みの日 (ほとんどないけれど)は一緒に出かけることだってある。それこそ紀井家と出かけることもあれば、二人で出かけることもある。

 母さんが身を粉にして働いてくれていることは分かっているので、できるだけ負担をかけないように、心配させないようにしなければならない。


 確かに一時は寂しさに押し潰されそうになった。

 でもそれもすぐにどうでもよくなった。

 諦めがついたんだ。

 考えても、不安になっても、求めても、それはすべて「仕方のないこと」で片づけられるということに気がついたんだ。

 だから、どうでもいいこと、興味のないこととして処理してしまうことにした。


 正直にちゃんと述べろと言われれば、今言ったことは七割方が本音だ。

 あとの三割は、実はともの前でそのことについて吐露した挙句大泣きしてしまったことがあって、その時にともが傍にいてくれること、ツカサくんたちのような友達がいてくれることに気づかされた。

 一人じゃないということが分かった。

 だから、もう「おかえりを言う立場」は当たり前のことだということにした。

 そうした瞬間、一気に楽になった。

 単純なことだったのに気づけなかったのは、たぶんぼくが恵まれていたからなんだ。


「ああ、そんなところで寝てたの」


 靴を脱いでリビングのほうに足を運ぶと、テレビとソファの間にある低めの折りたたむこともできるテーブルの下に「くにあき」はいた。

 丸まって、そこで眠っていたようだ。


「おいで。今からともの家にご飯食べに行くよ」


 一度ランドセルをおろして、テーブルの下から「くにあき」を抱き上げて頭を撫でてあげると、彼は甘えたような声で鳴いて尻尾を振った。


 くにあきというのは、ぼくの家で飼っている猫のことだ。

 茶色と白の毛の雄猫。……種類とか正直よく分からないから調べることもしていない。

 飼っている、というか拾ってきた猫だ。

 一年くらい前だったと思う。捨てられていたところを学校帰りにともと発見したのが発端だった。

 ぼくは最初、拾って帰るつもりはなかった。というか関わるつもりすらなかったんだ。だって、変になつかれてしまうと情がうつってどうにかしなくてはいけなくなる。それは非常に困る。

 けれど、ともが連れて帰ると言い出してしまった。

 当然止めたけど、ケンカして珍しく負けてしまった(いつもは大抵引き分けに終わることがほとんどだ)ので渋々了承した。

 案の定、ともの母親(おばさん)は紀井家で飼うことを許してはくれなかった。元のところに返してこいとさえ言われたくらいだ。

 ぼくとケンカしてまで連れて帰ったのにダメだという一言で終わってしまったことが相当効いたらしく、しゅんとしてしばらく何も言わなくなってしまったともを見兼ねて、母さんを説得して丸内家で飼うことになった。


 というのが、くにあきとの出会いだ。


「にゃー」

「うん。くにあきの分のご飯、持っていって一緒に食べようね」


 仕方なくとはいえ、飼い始めてしまったら愛着が湧いてしまうもので、今では暇な時に遊び相手になってくれるかわいい奴になっている。

 ちなみに、「くにあき」というのは、ぼくとともの名前……泰「邦」と智「明」から取って名づけたもの。安易なんだけれど、二人で見つけてきたわけだしね。


「ん? 何だよぉ、甘えちゃって。肩に乗りたいの? 仕方ないなぁ」

「にゃ~」


 くにあきは、何故か分からないけれどぼくの肩に乗るのが好きみたいなんだ。

 割と重いから寝転んでいる時に乗せるのがほとんどなんだけれど……まいっか。

 ということで左肩にくにあきを乗せて、一度おろしたランドセルを抱えて二階へと続く階段のほうへ向かうことにした。


「落ちないように気をつけてね」


 頭を撫でながら言うと、くにあきは嬉しそうに鳴いた。

 まったく。

 お前は本当にかわいいね。


 さてと。

 自室の勉強机の上にランドセルを置いて、……ああ、念のため戸締りの確認と、母さんに一応連絡しておこう。


「くにあき。悪いんだけど戸締りの確認手伝って」

「にゃーん」


 ぼくの左肩から降りて、くにあきはぼくの部屋を出ていった。

 向かった方向は……一階のほうか。

 開いているところがあったら鳴いて知らせてくれるだろうな。……あれ、それだと犬か。


 ……あっ、母さんから了解の返信が来た。


 基本的に金曜日は母さんが仕事場に泊まって帰ってこない日なので、ともの家にお邪魔して夕飯をいただいてそのまま泊まることが多い。一人……おっと、くにあきと一緒に過ごすことも当然あるし、ともがこっちに泊まりに来ることもある。

 今日は、ともの家に夕飯を食べに行って、そのまま泊まる。

 どうせ明日一緒に出かけるんだし、色々と都合がいい。


 んー……荷物は着替えくらいでいいんだよね。

 家はお向かいさんなんだから、いつでも忘れ物を取りに帰ることもできるからね。

 あ、携帯と充電器、ゲーム機は持っていかないと。今日はたくさん勝たせてもらおう。


 よし。

 ぼくも二階の戸締りを確認しよう。

 と、部屋を出たところでくにあきが戻ってきた。


「お、どこも開いてなかったかい?」

「にゃーん」

「そっか。ありがとう、くにあき」


 頭を撫でてやると、くにあきはとても嬉しそうに尻尾を振り、ぼくの足にすりすりと体を擦りつけてきた。


 もう……本当にかわいいなぁ。


「おいで。行こうか」

「にゃ~んっ」


 戸締りもすべて確認できたし、ガスの元栓や電気系統も確認できた。

 荷物(といっても着替えと携帯やゲーム機、とそれの充電器だけなんだけれど)を詰め込んだ鞄を肩から提げ、くにあきを抱いて、いい加減ともの家へと向かおうか。




 やすの家庭事情とくにあき登場回。

 やすは案外闇を抱えていたりいなかったり。

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