2 丸内 泰邦②
黒須くんと色々話すのは楽しい。
割と話が合うというか、何となく趣味が合うというか、とにかく仲良くしてくれるのは本当に嬉しいことだ。
たまに黒須くんがぶつぶつと文句を言うのにも付き合うくらいには、親しみを持ってもらっていると思う。
「なぁ、オレが来る前から待ってんだよな?」
「そうだよ」
「んじゃ長すぎねーか?」
「そうだね。何かあったのかな」
「んーんー、だとしたらメンドー」
「はは……」
そんなことを話している間に一組の帰りの会が終わったみたいだ。
言い忘れていたんだけれど、三組は二組が帰りの会を終えるよりも早く解散していたみたいで、すでに三組の教室からは誰の声も聞こえてこなかった。何て早い。
「お、やす・恭哉」
一組から何人かが出ていったのを眺めていると、一組の教室から出てきた男子から声をかけられた。
ああ、今日はよく話しかけられる日だな。
「やあツカサくん」
この子の名前は、日高 司くん。
凛々しい顔立ちと、つばを後ろにして被った青いキャップがトレードマークの男の子。
頭がよくて、運動神経もいい、頼れるみんなのリーダー的な存在と言っても過言ではない、本当に格好いい子なんだ。
ぼくなんかと遊んだり携帯で連絡を取り合ったりと仲良くしてくれる、本当にいい子なんだ。
「ともなら中で先生と話してるぜ」
え?
何かやらかしたのかな?
うーん……ともならあり得るな……。
「いや、さっきの授業で分かんなかったとこあったらしくて、それ訊きにいってるだけだよ」
へぇ、珍しいこともあるものだなぁ。
ともが勉強のことで先生に質問に行くなんて。
「そっか。ありがとう、ツカサくん」
「おう。んじゃ俺は帰るな。塾あるし」
ああ、ツカサくんは金曜日に塾があるのか。えらいなぁ。
ぼくは行ってないからな。
塾ってどんなところなんだろう? うーん、想像がつかないな。
学校の授業とは何か違うのかな。
あとでツカサくんに訊いてみよう。
「うん。またね」
「おう。……あ、そうだ。土日暇なら連絡してくれれば遊べるから」
「分かった」
「ん。恭哉、帰ろうぜ」
「ああ。んじゃな、ヤス」
「うん。またね、二人とも」
手を振ると、ツカサくんと黒須くんは帰っていった。
あの二人は結構馬が合うみたいで、よく一緒にいるところを見る。家が同じ方向だっていうのもあるみたい。
そういえばさっきの話、黒須くんが転校してきた当初は周りとあまり関わりをもっていなかったって言ったけど、ツカサくんとは初めから上手くやっていたイメージだ。
理由としては、あの時の黒須くんって尖っている感じだったんだけれど、それがツカサくんと関わるようになってから何となく丸くなったといったところかな。
え? 何があったのかは、……黒須くん本人に訊いてよ。
さてと。
そろそろ一組の教室に入るか。
・・・・・・・・・・
五年一組の教室に入ると、何人かに挨拶をされたので返しつつ、目的の人物がいる席へと足を進める。
どうやらツカサくんから聞いた通り、彼は一組の担任の先生に質問をしていたみたいで、一心不乱に鉛筆をノートに向かわせている。
ぼくが近くに来たことにも気づいていないらしいので、少し気になったからノートを覗いてみる。
何書いてるんだ? ……あ、これうちのクラスは昨日やったところだ。確かに少し分かりづらいところあったな。なるほど、ここのことを訊きにいっていたのか。
「……ん? って、や、やすっ?! 何でいんのっ?!」
「ずっといたよ。二組は割とはやく帰りの会終わったから」
「あ、ああ、そうか。……ごめん、忘れてた」
「いいよ。ツカサくんから話は聞いてたし」
「そっか。……じゃ、帰ろっか」
「うん」
少し顔を赤く染めて、彼はさっき書き込んでいたノートや机の中の教科書類をランドセルに詰め込んで立ち上がった。
そんなに焦らなくてもいいのに。別に待つくらい何でもないし。
「あの……やす」
うん?
「あとで……その、勉強教えてほしいんだけど……」
ああ、そういうことか。
「いいよ。ぼくに教えられる範囲ならね」
「……ありがと」
詰め忘れたノートがあったらしく、それを持ち上げて赤くなった顔を隠す彼の名前は、紀井 智明。
ぼくもみんなも「とも」と呼んでいる。
ぼくがさっきから待っていたのは彼のことで、ともはぼくとは幼稚園の時から一緒の幼馴染みで親友なんだ。
家も近くて、お互いの家を行き来したりお泊りしたり、あと家族ぐるみの付き合いで、良くも悪くも長いこと一緒にいるんだ。
ともの特徴といえば……ああ、頭のてっぺんが大きくはねていることかな。あと、とにかく遊ぶことが好きなところ……んー、あとは、……ぼくとほとんど変わらない低身長だね。
そう、とももぼくと同じで五年生にしては背が低いんだ。
「何か言った、やす?」
「何も言ってないよ。ていうかずっと喋ってたじゃない」
「あれぇ? 何か悪口言われた気がしたんだけど……」
うーん、これ以上はとものことについて何も言わないようにしようっと。
長いこと一緒にいると何となくでも相手の考えていることや隠していることが分かるものだな。
ともがそうであるように、ぼくも彼の考えていることが何となくでも分かってしまう。
以心伝心、といったところかな。
違うような気もするけれど、今はそういうことにしておこう。
「そうだ、聞いた? 来週の月曜に一組と二組でサッカーの試合するんだって」
「ああ、それなら谷口くんから参加してくれって誘われたよ」
「やすのことだから、二つ返事でオッケーしたんだろ?」
「まあね。そういうともだって誘われたんでしょ、そんな話持ち出してきたんだから」
「おう。……やすとサッカーで勝負できるの楽しみにしてるからなっ」
「ぼくもっ」
お互いの考えていることが何となくでも分かってしまうというのは、時に二人にとってメリットをもたらす。
伝えたいことが即座に伝わったり、少しのコンタクトで次の行動へと切り替えられたり……と、割と便利に使わせてもらうことだってできる。
「とも、もしかして今日のテストあんまりいい点数じゃなかった?」
「うぐっ……、はい……」
「そこも含めて、あとで教えてあげるよ。ぼくの分かる範囲で、だけど」
「ほんと助かるよ……」
そして、それは時にデメリットももたらす。
具体的にはお互いの考えていることが分かってしまってケンカに発展してしまったことがあるとか、前言のように隠し事ができないだとかそんなところだろうか。
そんなことがあっても上手くやれているのは、二人の間に信頼関係がしっかりしているからだと願いたい。
そうでないなら、他にどう説明すればいいのか分からないからね。
「そうだ、今日夕飯食べに来いよ。母ちゃんが呼んでたんだ」
「じゃあお言葉に甘えて」
そうしてぼくたちは通学路を自宅へ向かって歩いていく。
いつもと変わらない、何の変哲もない、慣れた道を真っ直ぐと。
・・・・・・・・・・
「……えっ? 明日?」
自宅前に着いて中に入ろうとした時、突然ともが切り出してきた。
正確に言うと、ぼくが自宅の玄関の鍵を開けて扉を開こうとドアノブに手をかけた、その一連の動きをずっと眺めていたともを問い詰めたんだけれど。だって珍しくもじもじとしてその場から動こうとしなかったし。
というか、実は学校の門を出てからずっとそわそわしていて、自宅前までなかなか言い出さないから痺れが切れたのもあるにはあるけれど、はやく荷物を置いてともの家に行きたかったからね。
それで、ともの口から出てきた言葉は、明日……つまり土曜日に一緒に出かけようという話だった。
そんなこと、何回もしているんだからすっと言えばいいのに。
ぼくの予定を知らないならまだしも訊きにくいのは分かるけれど、ともはぼくがこの週末に何の予定もないことを知っている。いくらでも誘えるじゃないか。
それなのになかなか言い出せなかったのは、……何でだろう。
「う、うん。そう」
「何しに行くの?」
「お、おれ、観たい映画があるんだ。その……だから、えっと……」
またもじもじし始めた。
……あっ、分かった、そういうことか。
だから恥ずかしそうにしていたのか。納得。
というか分かった途端ぼくまで恥ずかしくなってきた。
「いいよ。行こうか」
お、ともの顔が一気にパァッと明るくなった。
すごく嬉しそうだ。
そんなに喜んでくれるなんて、ぼくのほうまで嬉しくなってしまう。
「あとでともの家に行った時に話そうか」
「……うん! じゃ、またあとで!」
満面の笑みで大きく頷くと、ともはぼくに向かって大きく手を振りながら真正面の家へと入っていった。
真正面の家、というのはそのままの意味。
ぼくの家……丸内家と、ともの家……紀井家は真向かいに居を構えている。
その縁もあって、幼稚園からずっと家族ぐるみの付き合いをしているっていうわけなんだ。
……さて。
ぼくも家に入って、荷物を置いてともの家に向かおう。
二話でとも登場になったのは、予想外だったという裏話。